「さあフラン、四連スネークヘアピンから見せ場が続くぜ。お次は『
「大丈夫だよ、魔理沙。むしろ吸血鬼的にはこのくらいの時間の方が調子いいの。大蝦蟇コーナーってドリフトの見せ場なんだよね。今回は二人とも
魔理沙は一瞬顎に左手を当てた後、そうだな、と口を開く。
「そうだな……大蝦蟇コーナーはぶっちゃけ、
「そうだよね……でも、霊夢のワンダー、なんか仕掛けそうな気配がプンプンするよ」
「それは私も同感だ……正解はコーナーでのお楽しみだな。……いくぜフラン!度胸一発、大蝦蟇コーナー!」
魔理沙がそう叫んだタイミングで、三台が同時にブレーキング。
椛はモータースポーツのセオリーに則った最速のグリップ走行──霊夢は一瞬アウトにクルマを振って──まさかのドリフト──それもFFのシビックで──
「おいおいマジかよ霊夢!これなら私もシルビアで来るべきだったかな!」
グリップの旋回にRを持ち込みながら魔理沙は言う。
「……魔理沙、霊夢のシビックって実はFRなの?」
「あー?フラン、寝ぼけちゃいけないぜ。あのワンダーは徹頭徹尾、骨の髄までFFさ……あれは前輪駆動車でドリフトする、『Fドリ』って呼ばれる高等テクニックだ。──フェイントモーションからのド派手なFドリ──正直タイムを出しにいくなら、椛のグリップが最適解だ。あそこでドリフトを繰り出すってことは、この先の
大蝦蟇コーナーまでのストレートで、馬力差を活かして縮めた二台の距離は、ドリフトのロスによって再び開く──しかし、霊夢のワンダーは諦めていない──それどころか、さらに強いオーラを放って、椛のEK9に噛みつこうと加速する。
交響するVTECサウンド──爆音のエキゾーストノートは視覚すらも支配し、眠れる峠の夜闇に陽炎が揺らめく。
大蝦蟇コーナーを抜け、再びストレート区間へ。
麓から三郎清滝線に合流するポイントを過ぎる頃には、ドリフトのロスは埋められている。
勾配が下りから上りに転じたことも相まって、ノーマルのB16Bを積む椛のEK9より、チューニングされたB18Cを搭載する霊夢のワンダーがパワー的には有利だ。
椛のEK9のリアハッチに焦りが映る。
三郎清滝線までもつれ込む事態は想定外だったに違いない。
有利な下り区間で決める、それがマシンスペックから見たセオリーだ。
「魔理沙、この先はどうなるの?」
「このストレートはもうじき終わりだ。その後は低速S字区間、短いストレートを挟んでから──三郎清滝線の勝負ポイントその一、直角クランクコーナーだ」
「直角クランク?そこが勝負どころになるの?」
「ああ。とはいっても、真っ当な神経をしてるやつはまず仕掛けないポイントだけどな……あそこの右クランクは、ストレートからクリッピングポイントにかけて、クルマ一台分だけ右側の路肩が広がってるんだ。つまり、ブレーキングのタイミングだけ道幅が広くなるしイン側に飛び込むスペースができる……とは言っても、インベタのラインから直角クランクに突っ込むのは正気じゃない。旋回に使える時間は短くなるし、ミスればフロントからドカン!岩の壁に突っ込むからな。……普通はやらない。でも、今夜の霊夢はかなりぶち切れてるからな……」
「ぶちぎれいむ、ってやつだね魔理沙」
「おいそれ絶対霊夢に言うなよ。私前にそれ言って一度封印されかけたからな……千年くらい。言ってる間にS字が終わるぜ、フラン」
低速S字では踏んでいける足回りの椛が有利か。
アクセルワークでクイックに姿勢を変え、リズミカルにコーナーをクリアしていく。
霊夢も負けじと追従するが、古い設計のサスペンションと、オーバーパワーのB18Cが足を引っ張っている形だ。
じりじりと霊夢は距離を離される──S字区間脱出時の椛のアドバンテージは十メートルほどか。
椛が勝利した、と双方認めるには、およそ三十メートルは離してゴールしたいところだ。
短いストレートで霊夢が距離を詰める──椛との差は五メートル。
ちぎられさえしなければいい以上、安全にいくなら次の直角クランクは追走の姿勢で丁寧にクリアし、すこしでもアクセルを開ける時間を長くすべきだ──だが──
「ちょっと魔理沙!霊夢が椛と並びかけてるよ!」
「ああ、フラン。どうやら私の嫌な予感が的中したみたいだ──占い師にでもジョブチェンジすべきかな?」
「軽口叩いてる場合じゃないよ!霊夢大丈夫なの?」
「フラン、こういうときこそ軽口が大事だし──あいつは『環状の素敵な巫女』だぜ?このくらいのヤバさはよくある。……と言いたいところだが、椛は左側のアウトサイドについた。霊夢は路肩のイン寄り──アウト側にスペースが余ってるあたり、椛は確信犯だな。安全に突っ込めるスペースを潰してる──事故りたくなきゃ
椛がアウトサイドでブレーキング。
EK9は旋回のきっかけづくりに入る──霊夢のブレーキングは明らかに遅い。
テールランプがボンと光り、ワンダーのリアはブレイク──眼前にワンダーのテールが見えた椛は、アクセルに伸ばしかけた右足を素早くブレーキペダルへ──EK9のテールが再び赤く光ると同時に、霊夢はワンダーのアクセルをON。
インベタの苦しいラインからパッシングを成功させた。
魔理沙は隣で口笛を吹き、口を開く。
「おいおいおいおい、マジかよ霊夢!今夜の走りはレッドゾーンをオーバーしてるぜ!あの直角クランクでリアを振り出して、EK9の突っ込むスペースを潰しパッシング──しかもFFのシビックで!あそこで決めるやつは見たことない、シビれまくるぜ!フラン、初めてのギャラリーが『これ』なんて、最高にツイてるぜお前!」
私は言葉が出ない──妖怪ならまだしも、事故ればあっさり死ぬ人間の突っ込み方じゃない。
霊夢の走りは「頭のネジをすべて吹き飛ばしてネジ穴を溶接してる」とまで言われていたが、これは相当ぶっ飛んでる。
ポジションは入れ替わった。
ワンダーが先行で、EK9が後追い──再び椛が抜き返してちぎれなければ、霊夢の勝利ということになる。
「魔理沙、この先に仕掛けるポイントはあるの?」
「そうだな……このあとは緩いヘアピンが連続する区間だ。そのまま高速コーナーを挟んで、鋭角コーナーが待ち受けてる。そのどれも仕掛けどころになるが……ここまで実力が拮抗してるとなると、ヘアピンでも高速コーナーでもパッシングは難しいだろう。私なら、その先の鋭角コーナーで仕掛ける。あそこのコーナー頂点付近は道幅が若干広いんだ。ラインは複数描けるし、パッシングするスペースも十分にあるからな。……ついでに言えば、そこが最後の勝負どころだ。鋭角コーナーの後は低速コーナー区間に入り、立ち上がって駐車場、つまりゴール。低速コーナー区間は道幅が狭いから、もうパッシングは無理だ──鋭角コーナーで抜きかえせなきゃ、椛に勝ちの目はない」
そう解説する魔理沙の目はどこか苦しそうだ──その気持ちは私にもわかる。
達人の剣筋のようにきらめくハイテクニックの応酬──しかしそのバトルにも終わりがあり、勝者と敗者を定義づける瞬間が来る。
私たちにできることは、このバトルの結末を見届けることだけ──私と魔理沙、そして妖怪の山が、シビックのハイテンションバトルを見つめていた。
バトルの結末は、近い。