──油断した。
直角クランクでの捨て身のアタック──ギャラリーは魔理沙とフランドールだけだったが、あの二人にははっきりと見えていただろう。
わからない者が見れば、霊夢は一歩間違えれば対戦相手を巻き込む大惨事を引き起こしていた──ただの危険行為だと──だが、そんなことは関係ない。
ほぼ同時だったが──霊夢の方がコンマ数秒以下、コーナリングのアプローチが早かった。
ラインの優先権は霊夢に渡った──頭が判断するより身体が先に動いた。
モータースポーツの
わからないやつは言うだろう──霊夢の突っ込み方は無茶だ──あのブレーキが私の敗着の一手になったなら、それは無効試合──だが、わからないならそれでいい──戦った当事者と──そしてわかろうとする者にしかわからない──
心が失速する──霊夢は王手までの道筋を見通し、指し違えないようにラインをなぞる──私はそれに合わせ、投了までの一手を重ねていく──
それほどタイトではないヘアピン区間を「こなし」ていく──霊夢は張り詰めた集中力でコーナーを抜け、私はそのラインを丁寧になぞる──おそろしく丁寧なレコードライン──私が知る限り、霊夢、あなたのライン以上の正解はない──
ヘアピンを抜け、立ち上がりにアクセルをフロアまで踏み込む──その瞬間、B16Bのサウンドが鮮明になる──鼓膜のその先へ、私の心に直接語りかける──
いいのか?椛──タイプRの辞書に「敗北」の二文字はあるのか?──チャンピオンシップホワイトと、赤エンブレムはホンダのプライド──勝つために生まれた
棋譜を
「霊夢!犬走椛はまだ終わらない!ワンダーのテールを食いちぎるまで、この
高速コーナー区間を猛然と追走する──レッドゾーンギリギリ、八千回転オーバーで──今夜エンジンブローしたっていい、ミッションがイッたっていい、足回りが壊れても私が必ず直すから──だからお願い、EK9──
高速コーナーで距離を詰める──コーナー出口で残り五メートル──どこかにぶつけたかもしれない──左のドアミラーは吹っ飛んでる──でもそんなのどうだっていい──勝たなくては──最後の勝負どころ、鋭角コーナーだ──
「最後の勝負だ、博麗霊夢!お前にこの一太刀を躱せるか!無敗のチャンピオンシップホワイトに、黒星を残せると思うてか!いざ尋常に、博麗霊夢!」
鋭角コーナーのアプローチ、すべての時間が止まって、再びスローモーションに動き出す──
ワンダーのテールランプが光る──私はさらに奥へ突っ込む──スーパーレイトブレーキング──
かつてない進入スピード──これが「ゾーン」というものだろうか?ルームミラー越しに、魔理沙とフランドールが驚愕の表情を浮かべていることすらわかる──いけるか?タイヤのグリップはギリギリ──だけど──お願い、EK9──
タイヤのトレッドパターンの一本一本がアスファルトを掴む感覚まで、いまの私にはわかる──いける、並べる──そこだ!
───────
─────
───
「……すっごく疲れた」
霊夢はワンダーから降りて呟く。
汗だくだくだな、お前。
そんなになるのは私に負けたとき以来じゃないか?
「おつかれ、霊夢。……それに、椛。初めてギャラリーしたバトルがあなたと霊夢でよかった」
霊夢と──EK9から降りてきた椛に、フランが労いの言葉をかける。
一時はどうなるかと思ったが、無事に終わってなによりだぜ。
「……ありがとうございます、フラン。負けてしまいましたが、不思議と
椛のやつ、なんか憑き物が落ちたみたいにさっぱりしてんな。
椛はバトルを通して霊夢と、そして自分との間になにかをつかんだのかもしれないな。
あれ、というか……
「……椛、お前いまフランって言ったよな?なんだなんだ?ずいぶん態度柔らかくなってんじゃねえか」
私がそう言うと、霊夢は額に手を当ててため息をつき、フランはジト目で「魔理沙サイテー」と言い……おいおい、椛にいたっては、顔真っ赤にして刀抜いてやがる──
「ちょっと待て椛!それはわりと洒落になってないぜ!」
「あなたはいつもいつも……霊夢さん、フラン、この黒白斬り捨ててもいいですか?」
「好きにしなさい。……あとで封印しやすいくらいに斬り刻みなさいよ」
「いいよ、椛。フランが『壊す』分も残しといてね」
「わかりました。それでは魔理沙さん、覚悟はよろしいですね?」
「タンマタンマ、まじでごめん!謝るからさ、許してくれ椛!」
「……冗談ですよ。ここで斬ったらバトルした意味がありませんし」
椛はそう言って刀を下げる。
……目が冗談じゃなかったぜ、お前。
「にしても椛、すごく雰囲気やわらかくなったね。バトル前とは別人みたい」
「そうだな。霊夢とのバトルでなんかつかんだのか?どうだ霊夢」
それを受けて霊夢は
「私の方は特に……ただ『ちょっと本気で』走っただけよ」
とあくびをしながら言う。
……珍しくすこしだけ素直ってことは、椛の走りを認めたってことか。
次また茶化すとやばそうだから言わないけど。
「私は……なんというか、白狼天狗の役割に縛られすぎていた気がします。霊夢さんとのバトルを通して、私は白狼天狗である前に『犬走椛』だと、
フランはそれに対し
「気にしなくていいよ。椛が言ったことは事実だし、あなたにはあなたの責任があったわけだから……私の方こそ、剣呑な態度をとってごめんなさい。……お友達、私の方こそお願いするわ。よろしくね椛」
と答える。
おいおいなんだなんだ、感動的じゃねえかお前ら。
「つまりこれで椛はフランの友達、つまり私の友達でもあるってわけだ!よろしく頼むぜ、椛!」
「え?どういう理屈ですか、それ。わかります?フラン」
「フラン全然わかんないなあ。魔理沙とは絶交だし。てか椛、文もだけど、敬語使わなくていいんだよ?」
「すみません、フラン。これは天狗の習性みたいなものでして……慣れるまですこし時間をください」
「そっか、それなら大丈夫。にしてもEK9、ドアミラー壊しちゃったね。左リアもヘコんでるし……自走で帰れそう?」
「私は大丈夫ですが……霊夢さんはどうですか?右のリア当ててたでしょう?」
「あー?ワンダーが動くならどうとでもなるわ。心配ありがと」
「おいおいおいおい、お前ら私の扱い雑すぎないか?いじけるぞ?泣いちゃうぞ?」
「うるさいですねえ……それならみなさん、ちょっと私の家に寄っていきませんか?最近いいお菓子もらいまして……親睦かねてお茶でもどうかな、と。……魔理沙さんの分もちゃんとありますよ」
「サンキュー椛!いこうぜ、フラン、霊夢!」
「ほんっと調子のいいやつ。そんなんだからあんた小市民的とか言われんのよ」
「もちろん行く!ありがとう椛!霊夢も椛も、板金代とパーツ代は紅魔館付けで大丈夫だよ!」
「え、いいんですかそれ」
「大丈夫よ、椛。レミリアのやつ、フランが外出するようになったってだけで財布の紐緩んでるどころじゃないから」
「それなら私もハイオク満タンつけてもらうか!いくぜ三人とも!」
私はそう言って、Rに乗り込む。
フランはEK9に乗っていくみたいだ──妹分に友達が二人も増えた夜、連れてきたかいがあったってもんだぜ。
いつもは夜闇のなかで不気味に佇む妖怪の山が、私たちに微笑みかけた──私にはこころなしか、そんな風に思えた夜だった。