1話目です
「ねえ、早苗。ちょっとドライブ行こうよ。深夜のお出かけ」
ある日の晩のことだった。
髪の毛を乾かし終えて、外界から取り寄せた雑誌を読み──特集は「攻略!ヘアアイロン これで彼に愛されモテヘアー」──そろそろ灯りを落として寝ようとしていたときのことだった。
「これからですか?」
「明日特に予定ないでしょ?もしかして眠い?」
「いえ、眠くはありませんが……」
「それなら決まり。早苗、四十秒で支度しな。私はクルマ回してくるから」
諏訪子様はどこかの映画で聞いたようなセリフを言って、ぱたぱたと玄関に駆けていく。
映画を最後に観たのはいつだろうか。
映画館ではいつも諏訪子様と神奈子様に挟まれていた気がする。
諏訪子様はキャラメル味、神奈子様はバター味が好き──いつも喧嘩になるから、ポップコーンは両方買うようにしていた。
四十秒とは言わないものの、私はカジュアルな服装に着替え、スニーカーを履いて玄関を出る。
表に回されていたのは──S14シルビア。
「あれ?諏訪子様、今夜は2000GTじゃないんですか?」
「今夜はちょっとね。早苗のシルビアに乗りたいかなって。いいでしょ?」
「いいですよ。珍しいなって思っただけですから。運転は諏訪子様ですか?」
「そうだよ。シルビア久々だから楽しみだね。なんか昔を思い出すよ」
諏訪子様はそう言いながらシルビアの運転席に乗り込む。
私は助手席へ──行き先はどこなんだろう。
「そういえば諏訪子様、行き先はどこなんですか?」
「『カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう』*1──なんてね。ちょっと遠いところだよ、早苗」
「『僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの
「流石だね、早苗。でも大丈夫、外界だけど地上だからさ。八雲紫にスキマの許可とってあるし──久々に二人っきりだね。神奈子抜きでドライブ。デートって感じしない?」
「そうですね、すこし顔が熱くなってきました。諏訪子様みたいな可愛い人とデートなんて、ドキドキしちゃいます」
私の返事を聞いて、諏訪子様はからからと笑う。
「早苗、あんたくらいだよ、神に『可愛い』なんて言える子は……それでこそ守矢神社の風祝だね。さ、そろそろ行こうか」
諏訪子様はそう言ってシルビアを発進させる。
ゆっくりと私たちはスキマに飛びこんだ──
スキマを出て、二十分ほどが経った。
諏訪子様はあてもなくクルマを走らせている。
ときおり見える案内表示──知らない地名ばかりだ。
シルビアにナビはついてないし、携帯電話も持っていない──幻想郷に移るとき解約してしまった。
「あの、諏訪子様。ここはどこなんですか?」
夜空に雲はなく、星がかすかにまたたいている。
すこしだけ開けた窓から吹き込む夜風には、かぎ慣れないにおいがまじる──潮風?
街灯はほとんどなく、ガードレールの外は田畑だ。
田畑の合間に大きな平屋が建ち、緑色の海を泳ぐ船みたいだと、私は思う。
右に見える山々の隙間に、国道か、あるいは高速道路か──オレンジ色の灯りに照らされた高架の道路が見える。
「んー?ここはね、九州。早苗は九州初めてでしょ?」
「そうですね……修学旅行は行ってませんし、卒業旅行するような友達もいませんでしたから」
私はそう言って、唇を噛む。
嫌なことを思い出してしまった。
諏訪子様は前を見たまま、ハンドル片手に左手で私の頭を撫でる。
「ごめん、嫌なこと思い出させたかな。でもさ、私今夜は早苗と秘密の修学旅行をしようと思ったんだ。だから神奈子には内緒ね。……そこのコンビニ寄ろっか。好きなもの買ってあげる」
田畑の隅にちょこんと佇むコンビニエンスストア。
街頭すら無いなかでまばゆく光る直方体の建築物──
私と諏訪子様がいま、こうしてコンビニに吸い寄せられていくように。
「諏訪子様はこんにゃくゼリーがお好きですよね」
「まーね。このパウチ入りのやつって、なんか未来的でわくわくしない?宇宙食みたいで。てか早苗、あんたコーヒー牛乳だけでよかったの?」
諏訪子様は瓶入りのコーヒー牛乳を飲む私に言う。
つい珍しくて手が伸びてしまった。
今どき瓶入りのコーヒー牛乳がコンビニにあるなんて。
「はい。最近は紙パックばかりですから新鮮で。諏訪子様は結構買ってましたよね……え、いまからおにぎり食べるんですか?お夕飯食べましたよね?」
「それとこれとは別だよ〜。この時間にこういうシチュエーションで食べるのがいいんじゃない。早苗の分もあるよ。アメリカンドッグ、好きでしょ?好きなもの買ってあげるって言ったのに遠慮してたみたいだから、勝手に買っちゃった」
諏訪子様はそう言いながらアメリカンドッグを差しだす。
私は礼を言って、一口かじる。
おいしい。
アメリカンドッグを食べたのはいつぶりだろう。
──最近、いつぶりだろう、って考えることが本当に多くなった気がする。
コンビニの店員が私たちをちらちら見ている──深夜のコンビニにそぐわない少女二人とシルビア?違う──コンビニの前で立ち食い?違う──私の緑色の髪の毛が珍しくて、ちらちら見ているのだろう。
私は店内から見えない角度の影に隠れて、アメリカンドッグを片付ける。
店の前に置かれたゴミ箱に、コーヒー牛乳の瓶とアメリカンドッグの包み紙を放り込む。
諏訪子様は一部始終を眺めた後、そろそろ行こっか、とだけ呟いて、シルビアの運転席に乗り込んだ。
再び走り出してからは、しばらくお互い無言だった。
十五分ほどして、諏訪子様が口を開く。
「やっぱりさ、いまでも黒染めしたい?髪の毛」
諏訪子様はフロントガラスをまっすぐ見つめたまま──深夜のドライブは、前だけ見ていればいい──だから心は素直になれる。
「いえ、いまは思いません。鏡を見るたびに自分が風祝だと──そして、諏訪子様が私の遠いご先祖様なんだと、再確認できますから。それは私にとってとても大事なことです。だから、私はいま、自分の髪が好きですよ」
諏訪子様はすこし表情をゆるめて、そっか、と呟く。
あれは中学時代だったか──私は緑色の髪を理由に、いじめられていた。
地毛だと言っても信用されず、教師たちは、入学したときから私を嘘つき呼ばわりした。
私は学校にいかなくなり、通信制の高校に進学。
幻想郷への移住が決まり、高校も退学した。
「目的地まではまだかかるから、すこし寝ててもいいよ」
諏訪子様は言う。
それもいい、今日は朝早く起きたから。
でも、いまは諏訪子様との、このシルビアの中に流れる時間を楽しんでいたい気がする。
いつもは
いつ終わりがくるかなんて、だれにもわからないのだから──
「起きてますよ、目的地まで」
私が言うと、諏訪子様は、「パルドラの野原」*3はまだまだ遠いよ、と笑う。
私と諏訪子様は、シルビアのフロントガラス越しに知らない夜を見つめていた。
ここは九州。