こちら2話目です
「着いたよ、早苗」
諏訪子様の声で意識が覚醒する。
いつのまにか眠っていたようだ。
「……おはようございます、諏訪子様」
「おはよ、かわいいねぼすけさん」
「いま何時ですか?」
私は身体を伸ばしながら言う。
こういうとき、純正シートのままでよかったとつくづく思う。
フルバケットシートなんて入れた日にはこうはいかない。
「いまは午前二時くらい。夜ふかしか早起きかわかんない時間だね」
「そうですね……ここは、駐車場?」
「そう。早苗連れて来たかったんだよね、ここ。降りよっか。目的地はちょっと歩いたとこだから」
諏訪子様はそう言ってクルマから降りる。
私も続いてシルビアから降りると──潮のにおいが強い。
濃厚な生命のにおいがする。
諏訪子様はシルビアのトランクからレジャーシートを取り出して、林の中に伸びる砂利道に向かって歩いていく。
私もその後に続いて、林の中へ。
二人並べばいっぱいいっぱいの狭い砂利道を歩く。
月は明るく、灯りなしでも足元はよく見える。
もっとも、幻想郷には街灯などほとんどない。
冥界ハイウェイなど、一部に整備されているくらいだ。
諏訪子様が私の手を握る。
私は黙って、握られるがまま──五分ほど歩くと、諏訪子様が、着いたよ、と言う。
林の向こうには、海があった。
「──『五億の鈴』ですね、諏訪子様」
「そうだね、早苗。幻想郷じゃ珍しくもないけどさ、二人っきりで『星を聴き』たいなって思ったから……今夜はここに連れてきたんだ」
「……どこにもいきませんよね?」
「……どこにもいかないよ。私も、神奈子も。私たちが帰る星は、早苗だけだからね*1」
レジャーシートに並んで座り、私たちは黙って星を聴く。
ビロードのように揺れるさざなみを、赤みがかった月光が明るく照らす。
さながら、月明かりの道しるべだ。
お二人に連れられて行った東京──あのときも「修学旅行」って名目だったっけ──そこで観たムンクの『月光』を思い出した。
「……気づいた?早苗、ムンクの『月光』好きだったでしょ?」
「……ええ。諏訪子様と神奈子様と行った、初めての『修学旅行』ですよね」
「あのとき……行かなくて良かった?あのテーマパーク」
諏訪子様が言っているのは、浦安にある有名なテーマパークのことだろう。
私たちの中学校の修学旅行は東京で、日程にはテーマパークも組み込まれていた。
不登校になっていた私は、修学旅行には行かずじまい──見かねたお二人が、修学旅行と銘打って私を連れ出したのだ。
私はずっとあのテーマパークに行ってみたかった。
結局行かずじまいのまま、私の家は幻想郷にある。
「ええ……行かなくてよかったんです。嬉しかったですよ、富士スピードウェイ走れたんですから。それだけで十分すぎるくらいです」
あのときの「修学旅行」は、私の通っていた中学校の旅程をなぞったものだった──ただ一箇所を除いて。
神奈子様お手製の「しおり」には、浦安の代わりに富士スピードウェイが書かれていた。
まさかの貸し切り──私のS14と諏訪子様の2000GT、そして神奈子様の1GZ-FEツインターボ搭載千馬力S130Z──間に合わせの外装を纏って陸送したZは、結局1ラップ走り切る前にシャシ*2を残してバラバラになってしまった。
それを最後にZは廃車。
富士をラストランにできて、Zも幸せだっただろうと、私は思う。
「……私たちは諏訪の人間だからさ、海って非日常的だよね。九州もそう。九州の人には、そして海の人には、私たちの『非日常』が日常なんだよね」
諏訪子様は唐突に言う。
諏訪子様が唐突になにかを話し始めるとき、そこには大抵なにかがある──オチが「だからさ早苗……コンビニ行くならプリン買ってきてよ、お願い」だったときも多いが。
「そうですね。海に行く、って言うと、諏訪の人間にはちょっとした旅行です」
「そうだよね、昔から諏訪の民は海と縁遠い……私たちの『走り』も同じ、非日常。常軌を逸したスピードでコーナーに飛び込む──ときにはセンターラインを割りながら。幻想郷はそのへん曖昧だけどさ、外界には法律がある。私たちは『免許』って形で特別に許されてる『
諏訪子様は、ははっ、って乾いた声で笑う。
私は黙って水の入ったペットボトルを差し出す──諏訪子様が乾いた声で笑うとき、本当は言いたいことが他にあって──そして諏訪子様は、言い出すまでに話しながら心の準備を整える人だから。
私は遮らずに、耳を傾ける。
「早苗がさ、クルマに興味を持ってくれて、私も神奈子も嬉しかった。神奈子なんて張りきって、次の日にはカート*3買っちゃってさ。本格的にサーキットで英才教育して、免許とったらすぐシルビアで公道デビュー。幻想郷では貴重な『本物の』免許持ちなんだよね、私たちは」
「そうですね。霊夢さんや魔理沙さんの免許はよくできた偽造ですし。外界に戸籍がないから仕方ないですし、道交法学んでから外界に出すって方針のおかげで、バレてはいないみたいですけど」
「ホント、八雲紫も無茶するよね。……早苗がさ、クルマにのめり込んで、私たちは嬉しい。学校に行かなくなった頃の早苗は、見ていられなかったから。それがわかってるから、早苗が速くなってくのは私たち嬉しいし、公道を走るのを止めないどころかそれを助けてる。……
諏訪子様の本題はこれだったか。
神奈子様はこうやって話を引き出すのが得意じゃない。
だから、諏訪子様に今夜は任せた形だろう。
いつかは聞かれるとわかってたし、きちんと答えなくてはいけない。
それは