いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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本日3話投稿してます
こちら3話目です


駄馬

「私は、駄馬(だば)なんです」

 

私は海を見つめながら、なぜ公道(ストリート)にこだわるのか、その答えをゆっくりと諏訪子様に紡いでいく──祈りながら。

 

「勉強もスポーツも、私はよくできる子でした。才能がないわけじゃありません。でも、相応の努力をしてきたと思います」

 

「そうだね。早苗は器用で、その上努力家な子だったね。ちょっと調子に乗りやすいところがあったけど」

 

「ええ、まさにその調子に乗りやすいところが問題だったんです。……覚えてますか?私の初めての『奇跡』」

 

「忘れるわけないじゃない。小学二年生のときだったっけ。運動が苦手な友達が、運動会が嫌だってぐずぐずしてて……一週間雨を降らして運動会中止にしたんだよね」

 

「そこでやめておけばよかったんです。自分の特別な力が誰かの役に立つ──そう思って、私は奇跡を重ね──神力の高まりに合わせて髪が緑色になっていった」

 

「そうだね。私が知る限り、早苗ほど髪が緑色になった風祝はいないかな。本当の『現人神』……古事記の時代にすらいなかったよ。歴史家はそんなことないって言うだろうけど、私は見てきたから──早苗以前は、せいぜい(まじな)い師どまりだった。でも──」 

 

私は唇を噛む──諏訪子様が次に出す名前がわかっているから。

 

「──博麗霊夢はそれ以上だった。巫女としてあれほど不真面目なやつは見たことがない──そして、あれ以上の巫力(ふりょく)を持つ存在も見たことない。神を通り越して、世界そのものに愛された存在──それが博麗霊夢。……ごめん、話が逸れたね。続けて、早苗」

 

「はい……緑色になった髪、科学で理解できない奇跡……まだ神性としての力が不安定だった諏訪子様と神奈子様の姿も、私以外には見えないことが多々ありました。私は妄言家の不気味な嘘つきと呼ばれ、学校に行かなくなりました」

 

「うん。それが早苗の中学時代。そしてモータースポーツの世界に入ったんだよね」

 

「ええ。でも、サーキットに行って気づいたんです。私は『イレギュラー』だったから学校で躓いたけれど、どっちにしろ限界があった、って。勉強もスポーツも『それなり』のところまで──『速さ』がすべてのサーキットで、私は自分の速さも同じだと気づきました。──自分はスピードに愛されていない。器用にこなせてもそれなり、努力だけでは限界がある。それが私だって」

 

私は同年代の中じゃ、サーキットで優秀な成績を残していた。

「F1を目指すなら3歳からレーシングカート」と言われる世界では、遅すぎるデビュー──それでもプライベーターとしてF4に参戦*1し、フォーミュラカーのステアリングも握った。

でも、そこまで──フォーミュラに参戦する前から、自分の限界は見えていた。

──私は、駄馬だと。

 

「だから私は公道にステージを移したんです。公道(ここ)はすべてが自由で、誰も私を『ハブ』かない──そもそもが違法だから、何があっても責任はすべて自分に跳ね返る。私がサーキットも幻想郷も走らず、わざわざ外界の公道に出るのはそういうことです。……峠のタイトさに適応するのは、すこし時間がかかりましたけどね」

 

諏訪子様はそっか、と答えて一瞬沈黙し、再び口を開く。

 

「早苗はさ、一番好きなクルマはZ32だよね。いい個体見つからなかったからシルビアにしたけど、S14も絶対に前期。スカイラインGT-Rなら33R。それはどうして?」

 

「前に言ったじゃないですか……不人気だからです。特に32Rの栄光の影に埋もれていったZ32は、霊夢さんに敗れた私の姿と重なります。……判官びいきと呼ばれてもいい。私は『駄馬』が好きなんです。駄馬がサラブレッドに勝つ──駄馬の操る駄馬で。それが私の『ドラマ』なんです」

 

「そうだったね。だから早苗はZ32が好きで、いまS14に乗ってる。……霊夢はいま、外界では阪神環状を主戦場にしてる。早苗は環状には上がらないからまだかち合ってないけど、いつかまた走る日がくるよね、きっとそう遠くはないうちに」

 

「……公道は誰が走り出すのも自由です。でも私は……いまはまだ、誰とも『走り合い』たくはないんですよ。だから幻想郷では誰も知らない長尾峠をホームにしてるんですし」

 

「わかってる。だから私と神奈子は魔理沙に『外界の面白そうな峠』をねだられても、箱根周辺の(やま)は教えてないんだし──いつか早苗が、公道(ストリート)のスピードの果てで、誰かと笑ってたらいいなって、私は思ってる。きっと神奈子も。公道は人と人の関わり──その走りの中にある『社会』は、きっとサーキットにも幻想郷にもないものだから。……そろそろ行こっか。話してくれてありがとね、早苗。ファミレス行って、朝になったらそのままモーニングしちゃおうよ。神奈子には内緒ね」

 

「諏訪子様に話せてよかったです……聞いてくれて、ありがとうございます。ファミレスは走り屋の基本ですけど、神奈子様羨ましがりますよ?神奈子様、ファミレスのモーニング大好きなんですから」

 

「だから神奈子に内緒なんじゃない。それに、神奈子に内緒で食べたほうがおいしいの。ほら、行くよ」

 

私は「そうですかねえ」と笑いながら、レジャーシートを畳む諏訪子様を見つめていた。

ここは九州、幻想郷からも諏訪からも離れた場所──知らない海だけが、私たちの会話を知ってる。

 

──でも、いまは不思議と遠くないと思った。

潮風にまじり、諏訪の見知った東風(こち)が吹く──ああ、ここは九州だった*2と、私は月を見上げるのだった。

*1
フォーミュラ4。F4はフォーミュラカーレースのカテゴリ。フォーミュラカーレースはF1を頂点とし、F4はF3の下位カテゴリとなる。メーカー等のサポートを受けずにレース参戦する者をプライベーターと呼ぶ。

*2
『東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな』(訳:京の我が家の梅の花よ、東からの風が吹いたなら、その香りを西の筑前国(現在の福岡県)まで届けてくれ。主人がいなくとも、春を忘れないでくれ。)京の都から九州へ左遷された菅原道真の歌。

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