こちら1話目です
この話と本編前話の間に幻想郷走者縁起(四)を投稿してます
「素晴らしいディナーでしたわ。ワインも上々……お招きいただき感謝いたします」
「それはなにより。フルコースなんて久々でしょう?幻想郷では洋食は珍しいし。私たちの『趣味』が
紅魔館──午後九時半
八雲藍は主人である八雲紫に付き従って、紅魔館の廊下を歩いていた。
先導するは、今夜の「ささやかな」晩餐会に私たちを招いたレミリア・スカーレット──正確に言えば、招待されたのは紫様だ。
スカーレットにとって、従者は主人の一部──裏を返せば、従者の一人も連れていない者は、スカーレットにとって「対等なゲスト」ではない、ともいえる。
外交の手腕で英国の夜を支配したスカーレット──その家名は、極東の妖怪たちにも伝わっていた。
もっとも、それは、力を持つ妖怪に限られているが。
妖怪にとって、強大であることはすなわち
「歩かせてしまったわね。ここよ」
「お待ちしておりました、八雲様、お嬢様」
赤い髪と──背中と頭部に黒い翼──悪魔か。
廊下の突き当たりにある部屋の前で、女性の悪魔が私たちを出迎える。
悪魔が扉を開けると──そこは、マホガニーの家具で統一された狭くはない部屋だった。
狭くはない──そうはいっても、それはあくまで紅魔館の基準。
一般的な住居のリビングルームの二倍はある部屋だ。
入って右手には小さなカウンターと丸椅子──カウンターの裏には
左手には四人分の赤い革張りのソファに暖炉。
ソファの間に置いてあるテーブルには赤と黒のチェック柄──左上隅に赤で、8×8の64マス、チェスボードとしても使えるらしい。
そして壁際にいくらかの本棚が置いてある。
入って真っ正面には赤いシルクのカーテンに彩られた窓があり、その両脇を何も入っていない額縁が固めている。
「かけてちょうだい」
そう言って、レミリア・スカーレットは着席を促す。
──自分は当然のように「下座」へ。
紫様が上座に座ると同時に、私はその後ろへ控える。
「ありがとうございます。──よろしいのかしら、私が上座で。不勉強だったら申し訳ないのだけど、およそ下座に座る吸血鬼なんて
「これがスカーレットの外交よ、紫。私が下座に座ってこそ、『対等なテーブル』になるというもの──だから遠慮なく上座に座ってちょうだい」
「あら、素敵ね。参考にさせてもらうわ──藍、覚えておいてね?最近ゆかりん忘れっぽいから」
この人は、どうしてこう──反応に困ることを、反応に困る状況で言うのか。
私が無言を貫いていると、紫様の興味は他に移ったらしい。
「素敵といえば、このソファもよね……きれいな赤い革張り。でも、なんだか知らない触り心地ですわ。それに、不規則な濃淡……
「それについては後で説明するわ。素敵なエピソードがあるから……まずは食後の飲み物を──小悪魔、私はバランタインの17年*1をストレートで。紫はどうする?大抵のものならあるわよ」
「私はラフロイグ*2のおいしいところを。同じくストレートでいただいても?」
「わかったわ。……あなた、
「ええ。社交の一環として嗜んでいます。キューバを少々」
「それなら結構……素敵なディナーはシガーで締めるものよ。新大陸から持ち帰ったもので一番素晴らしい
「かしこまりました、お嬢様」
──できた従者だ。
紫様と私という強大な妖怪二人を前にしていながら、主人が命じるときには既にバランタインとラフロイグの瓶、そしてシガーの箱が用意してあった。
紅魔館の従者というと紅美鈴と十六夜咲夜が有名だが、上級悪魔でもないのにこの肝の据わりよう──これは油断していると、
「……さて、ソファだったかしらね。まず、この部屋は先代スカーレット家当主の趣味なの。つまり私のお父様ね。当時のまま、シガールームとして使ってるわ」
「なるほど。この部屋に『紅』があまり使われていないのはそういうこと」
「そう。お父様は控え目な方だったから……トランシルヴァニアで臥薪嘗胆の時代を過ごした影響もきっとあるわね。趣味に関しては私の妹の方がよく似てるわ。……そのソファだけが唯一の『赤い』調度品──そのソファの革はね、『本物の吸血鬼』を使ってるの。スカーレットが大英帝国の裏側で覇権を握った、その栄華の名残をささやかに示すものよ──安心してちょうだい、あなた達『は』生かして帰すから」
話の途中で一瞬殺気を
「控えなさい、八雲藍。私は何も命じてないわ」
「……申し訳ありません、紫様」
「従者の非礼を詫びさせてもらえます?ミス・スカーレット」
そう言う間に、小悪魔と呼ばれていた女性がグラスと葉巻、そして灰皿をサーブする。
──こうして間近に観察すると、「『小』悪魔」なんて呼び名がなにかの冗談に思えてくる。
勝てない相手ではないが、私ですら尾の一つか二つは覚悟しなくてはいけないだろう。
「気にすることないわ。私と『ゆかりん』は『お友達』だから。ディナーのときから思ってたけど、ミス・スカーレットはちょっと固いわ、『ゆかりん』」
「それじゃあ『レミィ』……ううん、むずむずするわね。レミリアと呼ばせてくださいな。よろしくて?」
「構わないわ……私も『ゆかりん』は『この部屋』にそぐわないと思ってたし。ひとまず乾杯しましょう、私たちの『友情』に」
「そうね。それでは、私は『親睦』に」
二人はグラスを掲げ一口飲み、紫様とレミリア・スカーレットは葉巻の先端に火を回す。
一度煙を吐いて、レミリア・スカーレットは口を開く。
「やはりお酒とシガーは一流のものに限るわ。友人と、そして『会話』もね。クルマの趣味も大事……紫、あなたの愛車はなんだったかしら」
「RRのポルシェ・911ですわ。3代目になる964型のターボ3.6」
「それは素敵ね……私は理屈っぽいクルマはあまり好まないのだけど、ポルシェだけは例外。理屈っぽいのに、理屈で『正解』を押しつける、間違った理屈すら『正解』にしていく、そのタフさがあるから。そうした人間の意地に妖怪は魅せられる……空冷RRターボってところがますます気に入ったわ」
「ありがとう、レミリア。あなたはいまロータス・エリーゼだけなの?」
「あれは遊びクルマ。ワインディングを流すためのね。内装がチープなところ以外は気に入ってるわ。……本気のマシンはスープラだけよ。シルビアと合わせて、外界に保管してるの」
「六気筒同士、気が合いそうね、私たち。男の趣味まで似てたりして」
「あなたは
「それはよかったですわ。
「私は半分トランシルヴァニアよ。だからそれは『戦争』だけ」
ほほほ、と紫様とレミリア・スカーレットは笑う。
──紫様の「駆け引き」は散々見てきたが、今回はよくわからない。
その思惑も、終着点も。
「ところで紫、あなたチェスはできる?」
「できますわ。でも、お手柔らかにね」
「お互いを知るためのちょっとした余興……お酒も入ってるし」
小悪魔、とレミリア・スカーレットが呼びかけると、赤と黒のガラス駒が入った箱を小悪魔がテーブルに置く。
「
「それでは遠慮なく」
双方駒を並べ、紫様が赤のポーンを動かす。
長い夜になりそうだ──とても、とても長い夜に──
私はチェス盤を眺めながら、ひとりそう思うのだった。