2話目です
紫様とレミリア・スカーレットのチェスゲームは淡々と進行していく──これはどちらが優勢なのだろう。
将棋ならわかるが、チェスはお手上げだ。
そう思っているうちに、二人は杯を重ね──最初と同じ銘柄のウイスキーだ──葉巻を吸い、会話は移り変わっていく。
「あなたはいい指し手ね、紫。勝利だけがゲームの価値ではない──過程こそが大事だとわかっている手だわ」
「ありがとう、レミリア。ゲームは人間の偉大な発明だわ。──チェック*1」
「悪くない手だけど、もう少し楽しみましょう?ナイトで躱すわ。……偉大な発明というのは同意ね。過程にきらめく人間の可能性──それを手軽に楽しませてくれるから」
「──でも、あなたがこれから楽しもうとしてる『ゲーム』は、いささか手軽ではなさそうね?」
「……そうね。あなたはやっぱり気づいてたようだし……そもそも誘う気だったから、いいわ。話してあげる」
レミリア・スカーレットは葉巻を一吸いし、灰皿に置く。
「私がかつて首都高を走っていたのは知ってるわよね?」
「もちろん知ってますわ。湾岸線をクルーズしてたらあなたのスープラと──黒いFD3Sが300km/hオーバーでパッシングしていったから」
「知ってるどころか、見てたのね……もしかして、あのミッドナイトパープルの911かしら」
「正確にはミッドナイトパープルⅢ、ですわ。色が好きでオールペンしましたの。……そもそも、どうしてあなたは走り出したの?」
紫様は一時期、外界を熱心に覗いていたことがあった──それこそ、「冬眠」をおろそかにするほど。
覗くだけでは物足りず、途中から
「それは機会があればおいおい……私は『走り』を通して、人間の可能性をたくさん見てきたわ。そして、愚かさも。私は自分の走りにケリをつけた。でも──わかるかしら、わだかまりみたいなものがどこかにあるの。私は幻想郷に移り住み、人間の可能性を超えた人間と出会った──うちのかわいくてラヴリーな咲夜だけではなく、霊夢や魔理沙もそう……なによ、紫」
「いや……レミリア、あなた『うちのかわいくてラヴリーな咲夜』って言うときの顔、相当『アレ』だったわよ」
……真面目な話の最中にあんな顔をするのはやめてほしい。
視界の端で小悪魔は必死に笑いをこらえている。
「……ほっときなさい。咲夜は宇宙一だから仕方ないの……話が逸れたわ。『ある人』がたどり着けなかったスピードの向こう側に、あの子達ならたどり着けるんじゃないかって私は思ってる。そして、あの子達の走りがいろんな人物を巻きこんで、なにかを変えていく、と──運命がそう囁いているのよ、紫。それがなにかはわからないし、正直危ういことだとも思う。でも──わかるでしょう?」
「──具体的に、私にどうしろと?」
──紫様の目が変わった。
「取引」のテーブルについた目だ。
「いまは特に何も……幻想郷の道路整備も主導してもらってるし、まだまだこれから、フェーズ1ってところね」
「ふうん……まあいいわ。とりあえずは駒になってあげる……『
「そうね。紫、あなた人間を『育てる』のが好きでしょう?たとえば、歌舞伎町」
「あら、ずいぶん調べ上げたのね。誰も知らないと思ってたのに……ゆかりん嬉しいわ。……そうね、たしかにここ数年の歌舞伎町ナンバーワンホスト達の裏には、私がいる。……それ以上の『ゲーム』になる、あなたはそう言うのね?」
「私は『永遠に紅い幼き月』。スカーレットの外交に『ブルームーン』*3はないのよ」
「なるほどね……しばらく考えさせてちょうだい。今夜はここまで」
紫様は話しながら、駒の一つを盤に置く。
レミリア・スカーレットは眉根を寄せて口を開く。
「やっぱりあなたはなんというか……他に手が無いから乗ってたけど、ここでパーペチュアルチェック*4とはね。……堂々巡り、過去の繰り返しになるってこと?」
「それを打破するのが『可能性』ですわ。……それに、盤面はあなたの方が優勢。期待してくれていいわ。これからも仲良くしてね」
紫様はそう言って立ち上がる。
「もちろん、長い付き合いにしましょう?小悪魔、『私の友人』が帰るわ。お見送りしなさい」
レミリア・スカーレットも合わせて立ち上がる。
ひどく疲れる夜だった──今宵もレイクサイド・パークウェイにはエキゾーストノートが響き渡っている。
紅魔館は霧の湖湖畔──エキゾーストが昼夜止むことはない。
玄関から出るときに紫様がガレージを「覗き」見て私に言う。
「ねえ、藍。表とは別のガレージに34Rが増えてるわよ。ブラックパールのR34型スカイラインGT-R──まるで隠すように。スキマ経由の持ち込みだから気づいてはいたけど、まさか
私は、はあ、と短く相槌を打つ──正直、早く帰りたい。
「まあいいわ。これから楽しくなりそうね」
紫様は嬉しそうに言う。
──「後処理」が増えないならそれでいい。
私はこれからの苦労を想像し、ため息をつくのだった。