いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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ボクサーサウンドの来訪者

静岡県御殿場市、長尾峠──午前二時

 

「ってことだ、早苗。──おや?」

 

「神奈子様、一台近づいてきてますよね。諏訪子様、車種はわかりますか?」

 

「さすがにまだ見えないけど、ボクサーサウンドだね。不等長エキマニだよ」

 

私は茶屋の向こう、道の南側に目を凝らす。

この時間にボクサーサウンド、ただの通行ってわけじゃなさそうだ。

 

「神奈子、人払いはしておいたよね?」

 

「ああ。今夜は新マシンのシェイクダウンだからな。諏訪子、お前と早苗の力も借りて念入りにしてある。いまこの長尾峠に近づくなら、よっぽど勘の鈍い人間か、あるいは相応の『実力者』だ」

 

「だよねえ。早苗、シルビアのエンジンかけときな。最悪の場合、先に下りきって御殿場インターのあたりで待機しといて。私らがどうにかするから」

 

「わかりました……でも、私も幻想郷に適応するくらいの実力はあります!足手まといには──」

 

「早苗。今回の人払いには諏訪子が『(たた)り神をけしかける警告』のようなものを織り込んでるんだ。走ってる間、動物の気配がなかっただろう?動物や妖怪と言った勘の良いやつなら気づくし、人間だったら『なんか雰囲気悪い』って引き返す。近づくってことは、勘の鈍すぎる人間か、あるいは──」

 

「八雲、風見、八意(やごころ)、スカーレット──あのクラスだね。種族単位なら、神か鬼か、そのレベル。人間だったらいいんだけどね」

 

私が言う間にもボクサーサウンドは近づいてくる──ブルーのインプレッサだ。

2代目の「丸目」と呼ばれるモデル、しかも──WRX STi。

ただ御殿場の街中までショートカットしにきた、って感じじゃないね、どうも。

 

インプレッサのエンジンを切り、ドライバーが降りてくる。

それを私達は固唾をのんで見守る。

 

降りてきたのは──

 

「あんた、八雲の式かい。なんでまたここに」

 

「八雲(らん)だ。藍でいい。お前たちは守矢神社の」

 

「そ、私が洩矢諏訪子。諏訪子でいいよ。あっちが──」

 

「私が八坂神奈子。同じく神奈子でいい。この子は早苗だ」

 

「……早苗です。よろしくお願いします」

 

ふたりとも、覚えてたみたいだね。

妖怪の力をすべてつかめていないときは、フルネームを明かさない。

名前を「握る」ことがトリガーになるタイプだったらやばいからね。

 

八雲紫の式である以上問題はないと思うが、九尾って時点で相当だし、その九尾を式にしてる八雲紫はもっとやばい。

八雲藍はちょうど記憶が朧気みたいだから、いまは早苗のフルネームは明かさないことにする。

 

「そう構えないでくれ。念入りな人払いがしてあったから警戒したが、別に争うつもりはない。ただ、私達のシェイクダウンに付き合ってほしいんだ」

 

八雲藍は苦笑しながら言う。

……なんか見るごとにやつれてきてる気がするな。

 

「ただ走りに来たってこと?それなら別に構わないよ。一般車避け以上でも以下でもないし。大方、八雲紫から『外界でシェイクダウンするなら、今日は長尾峠がいいんじゃない?あ、帰りにアイス買ってきてね』くらい言われたんでしょ?スキマで私達の行き先は把握されてるし」

 

「まったくもってその通り、アイスのくだりまで同じだ」

 

「藍様!(ちぇん)のアイスはありますか!」

 

そう言いながら、インプレッサの助手席からもう一人降りてくる。

化け猫のようだが、それにしては知能が高い。

神奈子も不可解なものを見る目で、橙と呼ばれた化け猫を見つめている。

 

「ああ、いい子にしてたら橙にも買ってあげよう。家で食べる分を一個、帰り道に紫様に内緒でもう一個だ。さあ、いい子はどうするんだ?」

 

「挨拶ですね藍様。藍様の式の橙です!よろしくお願いします!」

 

「よくできた橙、えらいぞ」

 

……よく言えばハートフルホームドラマ、悪く言えば動物ドキュメンタリーだ。

早苗なんてこの空気に順応できていない──そう思っていると、目の前の空間に裂け目ができ、出てきた手が、紙を一枚差し出してくる。

開いて読む──

 

「藍、あんたのご主人様から伝言。『橙にアイス二個買うならゆかりんには三個ね。ゆかりん大人だから』だってさ」

 

「──了解です『ゆかりん』」

 

藍の背中には哀愁が漂う。

神奈子は早苗にアイス買ってあげる、って、藍に聞こえるように話してる。

まったく、見栄っ張りなんだから。

その気ならアイスなんてケチケチせずに、コンビニ店まるごとダース買いだよ。

 

「そういえば、そこのシルビアとランサーがお前たちのクルマか?」

 

「そう。地味だから気づかなかったかもだけど、この子は『エボリューション』だよ」

 

エボリューションと聞いて、藍の目がきらりと光る。

WRX STiなんて乗ってたら、ランエボは無視できないよね、やっぱ。

 

「ふむ……私はランエボには詳しくないが、第一世代*1か。エボ『何』だ?」

 

「これはエボⅠ。初代ランエボだよ」

 

「初代とはまた珍しい。第一世代だとⅢが人気だろう。『曲がらない』と酷評されたモデルをなぜ今になって」

 

「まさにそこだよ藍。うちの早苗はカート、フォーミュラを経由してシルビアだからね。いままで後輪駆動しか走りの経験がなくてさ。いずれパワーを上げてくと後輪駆動か4WDに行き着くわけだから、今のうちに4WDの経験も積ませようと思って。だからあえて『曲がらない』4WDなの。電子制御バリバリでくるくる曲がる4WDが主流なのはわかるけど、曲がらないものを知ったほうが速くなるかなって。ね、神奈子?」

 

「そうだな。それにうちはセダンがなくてすこし不便だったし、幻想郷は不整地路が多いからな。理にかなった選択でもあるんだよ。4G63エンジンは頑丈だからな。最終的には私の遊び車にする予定だ」

 

「なるほどな。ほどほどにしてくれよ?事故数が減ってきたから、近々幻想入り規制リストは緩和される予定だ。よってランエボもまた幻想郷に入ってくる。模範となる運転を心がけてくれ」

 

「はーいはい。で、藍はインプレッサか。しかもWRX STiなんて、あんたかなりマジだね」

 

「これは橙の趣味だよ。私の愛車はアルシオーネSVXで、橙はEP71型スターレット(かっとびスターレット)だ。まずはスターレットで腕を磨いて、それからこれに乗り換えてもらおうと思ってね。私は私でインプに習熟しながら、橙を横に乗せて教えてるってところさ」

 

「うちと同じようなもんだね。私もこれから早苗を横に乗せて四駆の走りを教えようと思ってたんだ。どうだい、マジって感じじゃなく、軽くバトルなんて。長尾下り一本、終わったらそのままファミレスでも」

 

「私は構わんが……橙、どうだ?」

 

「藍様!橙はドリンクバーに興味があります!」

 

「その気みたいだ。お手柔らかに頼むよ。さあ、準備に移ろう」

 

藍はそう言いながら橙とインプの方に向かう。

私もエボとシルビアの方へ。

 

「早苗、バトルからファミレスの流れになったけど、大丈夫?」

 

「諏訪子様も神奈子様もいるし、大丈夫です。それに……」

 

早苗は私の耳に口寄せてささやく。

 

「あの九州の夜から、なにかが変わり始めてるんです。だったら私も変わらないとって、そう思ってますから」

 

……よかった。

早苗、明るい方に歩いていくんだよ。

 

「諏訪子、エボでバトルか?」

 

「そう。早苗はエボの助手席に乗せるから、神奈子はシルビアで追走して。大丈夫、そんな激しいノリじゃないから」

 

私はエボに乗り込み、茶屋の前まで動かしてインプと並べる。

マジなバトルというより、お互いナビシートに教える雰囲気だけど──この二台が並ぶと迫力がある。

しかもここはテクニカルな長尾峠。

ここで戦うならこれ以上のマシンはないだろう。

 

これからのバトルを思い、私は夜闇に紛れた富士を見やる。

──どうかエボ、早苗に学びを与えて。

神なのに祈る自分がいて、私は思わず苦笑した。

神にだって、祈りたい夜はある。

*1
ランエボはベース車体で4世代に分けられる。Ⅰ-Ⅲが第一世代、Ⅳ-Ⅵが第二世代、Ⅶ-Ⅸが第三世代、Ⅹが第四世代。

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