「さてさて、どうなるかな。早苗、加速はどう?」
静岡県御殿場市、長尾峠──午前二時半
偶然始まった八雲藍との下り一本勝負。
ナビシートへのコーチングではあるが、これはバトル──そしてそれ以上に、エボがインプの前でだらしない走りをするわけにはいかない。
久々のターボ──エボⅠはまだ250馬力とはいえ、ランサーのコンパクトボディにはキく。
やっぱこの時代のターボカーは楽しいね。
「はい、諏訪子様。ハイパワーターボと4WDの組み合わせは凄まじいものがありますね。いつものS14がNAな分、特に刺激的に感じます」
「そうでしょ?──おっと、八雲は後追いかい。まあ、この先を知ってるなら賢明か」
長尾峠の下りは大まかに四セクションに分けることができる。
序盤は短い高速セクション、中盤にかけては低速セクション。
中間のゆるい一つ目のヘアピンからが中高速セクションで、三つ目の鋭角ヘアピンを越えたら、終盤にかけてふたたび高速セクションとなる。
高速セクションから低速セクションへの切り替わりについていけるかが最初の関門だが、八雲藍は後追いで様子を見るらしい。
「諏訪子様、藍さんのクラッチミートはかなりの腕でしたよ。戦略的な後追いですかね」
「多分そうだと思うけど、
高速セクションのゆるいクランクを抜けて、ストレートから左コーナー──それを過ぎたらタイトに弧を描く右、低速セクション開始の合図。
インプレッサはクランクのインをデッドに攻めながら、綺麗にアンダーを殺して立ち上がる──なにが「習熟している最中」だ、まるで4WDの教本みたいなドライビングじゃないか。
──やっぱり狐は信用ならないね、まったく。
「見たかい、早苗。いまの八雲のコーナリングは4WDのお手本みたいなもんだね。4WDのドライビングはアンダーステアとの戦いの一言に尽きる。とかくに4WDは曲がらない。大事なのはギリギリのスピードで突っ込むこと。ブレーキは遅すぎるくらい──スピンの予兆を感じたところで──アクセルをON。カウンターステアは『当てない』──」
低速セクション入口の右──私はハイスピードからエボを突っ込ませる。
4WDはすべてのアクションが速すぎる──そして、乗り方はドライバーの「本能」とは違う。
その代わり──
「──早苗、これが4WDだよ。人の本能をねじ伏せることで、初めて得られる速さ──これだけはどんな駆動方式にも真似できない」
早苗は目の前を流れる景色を追うので精一杯──無理もない。
クルッと回ってドカンと加速──普段NAのFRに乗っている早苗からしたら、この動きは自然の摂理に反したものだろう。
一流のドライバーが駆る4WDのナビシートから見る景色は、古いレースゲームの出来の悪いCGによく似ている。
そのくらい、速い。
「頭がおかしい」それは4WD乗りとマシンにとって最高の賛辞だ。
「──しかし、やるねえ、八雲藍。GC8ならまだしも、3ナンバーサイズになったインプをここで振り回すかい。ここ、制限速度30km/hなんだけどね」
「諏訪子様、私なにがなんだかわかってません……」
「それでいいのさ、早苗。あんたが『
「はい……でも諏訪子様、このエボⅠは『曲がらない』んですよね?」
「たしかに、このエボⅠは『曲がらない』と言われたマシンだね。エボの進化は『曲げる』進化と言っても過言ではないと、私は思ってる。でも早苗、『曲げれば曲がる』のさ、4WDは。テメーの『エボ』が曲がらないのは、テメーの腕が『ヘボ』な──だけ!」
私はそう言いながら、低速セクションで一番きつい鋭角コーナーを、4WDドリフトで駆け抜ける──見てるかい
──シビれるね、八雲藍。
あんた結構アツくなるタイプでしょ?
ここで私に続いてドリフトかい──その
「早苗、
「相当速いですよね、藍さん。インプレッサって誰が乗っても速いんですか?」
「そんなわけない。半端なレベル同士だったら、エボもインプも最強格だけど──高いレベルになると結局腕だよ。インプレッサは機械的な素性の良さが売りと言うけど、人間の自然に反しにくい分、技量の差がモロに出る。言い訳がきかない。ランエボは進化の過程で電子制御のサイボーグになったけど、機械の身体を血肉通った身体みたいに動かすには、機械の理屈を知らなきゃいけない。そしてそもそも、4WDの挙動自体が人間の自然に反してる。──スピンの予兆が出たらカウンター当てずにアクセル踏むなんて、めちゃくちゃでしょ?つまり──」
「『誰が乗っても速い』と言われるハイパワー4WDが、実際は一番難しい?」
「すくなくとも私はそう思うね。ハイパワー4WDの限界領域でクラッシュしたら、多分その勢いで三途の川渡っちゃうし」
そう言ってるうちに、低速セクションは終わり──バトルは中高速セクションへ。
「早苗、あんたも知っての通り、ここからはギアの繋がりとスピードの伸びがモノを言う。こっちは5速、あっちは6速。エボの