「首都高は変わらないわね」
「あちらこちらでビルが建ち、線路が敷かれ、駅ができる。終わらない工事、変わり続ける街……押し込んだ空気が、破裂寸前のまま膨張するみたいに──レミィ、ここは変わる街よ。満足を知らないヒュドラのように」
「それでもパチェ、人の営みと……そして
パチュリー・ノーレッジはそれに何を返すでもなく、助手席の窓を滑る夜景を眺めていた。
湾岸線を時速200キロオーバーで悠々とクルーズする、真紅のJZA80スープラ。
包みこむようなコクピットにおさまる少女の名は、レミリア・スカーレット。
ステアリングを握るのがこの吸血鬼でなければ、私はおそらく助手席に座っていないだろう。
もっとも、そこらのドライバーでは、このマシンを発進させることすらできないだろうが。
皮肉屋のパチュリーは、無言でそう思考する。
「……今夜、来てくれてありがと、パチェ」
「私は皮肉屋だって自覚があるけど、今夜に冗談を挟む気はないわ……さすがに、咲夜に任せるのはね。そう思っただけよ」
「……美鈴に丸投げしてもよかったんじゃない?」
「あの子はあの子で、思うところがあるでしょう?死者を悼むのはレミィ一人で十分。ほら、前見てないと事故るわよ」
「ちゃんと見てる……でも、雨だわ、パチェ。雨は
馬鹿ね、レミィ。雨じゃないわ。
泣いてるのよ、あなた。
─────
「もう、あれから五年が経つのね」
レミィは缶コーヒーを片手に呟く。
レミィに「駐車場で缶コーヒーを飲む」なんて文化を受け入れさせたのだから、大した男だったと思う。
もっとも、レミィは私と美鈴の前でしか、缶コーヒーを直に口付けて飲むような真似はしない。
そして──帰ってこない過去にどんな花束を添えればいいのかわからない、どんな花束も満足いかないとわかってる──そんな顔も、私たち以外にはけして見せない。
「よかったの?レミィ。霊夢と魔理沙……特に魔理沙ね。32Rを与えたんでしょう。あの子、戻れなくなるかもしれないわよ」
「……それまでに、できる限りのことはしたつもりよ。あの子たちは走り出してしまったんだもの。誰にも止められないし、止める権利もない。だったらせめて、死なないようにするだけよ」
「……咲夜は?あの子には天性のセンスがある。でもレミィ、あの子の走りは危ういわ。……あなたが、彼の幻影を追いかけていたときと同じ走り」
「……それは私も感じてる。親譲りよね。いつか咲夜が走り出すことはわかってたし、ロータリーを選ぶことも、わかってた。咲夜は無意識に、父親の幻影を追いかけているのかもしれない。咲夜の父親の、テールランプの軌跡を追いかけていたかつての私と同じ目。そして彼が死んだあと、後悔のなかで幻影を追い続けた私の走り……咲夜の走りは重なる……」
レミィは言葉を切り、黙祷を捧げる。
そして、再び口を開く。
「……燃え上がるブリリアントブラックのFD3S。あの夜を私は忘れない。一緒に走ってた私、私と彼のマシンを仕上げた美鈴……増大するパワー、肥大するトルク……終わらない加速とトラクション……そして、エスカレートしたスピード。私たちは一度走りと首都高から降りた。そして、私たちは再び首都高に上がり、ケリをつけた」
「だからレミィ、あなたが走るのは一年に一度なのよね」
「そう。私はきちんと走りにケリをつけたから。走るのは今夜だけ。……美鈴も、チューナーとしてケリをつけたわ。だから美鈴は咲夜のFCにしか手を入れない」
「美鈴が一流のチューナーだなんて、幻想郷中が知らない事実よね」
「美鈴は一流に『なった』のよ。もう誰も死なせないために。咲夜のFCをクリスタルホワイトに塗り替えたのも、白いクルマは事故をしないってジンクスだし。……そろそろ行きましょうか、パチェ。話し過ぎちゃったわ」
「あなたはいつも話し過ぎるけど、今夜くらいはどうってことないわ」
「……ありがとう、パチェ。持つべきものは親友ね」
スープラは私たちを乗せて、再び湾岸線に上がる。
かつて首都高最速と呼ばれた真紅のスープラ。
その伝説も、いまは遠く──やがて朝靄に乱反射して、スピードのかなたに霞んでいく。
つばさ橋をこえるとき、ロータリーサウンドが聞こえた気がした。
レミィの耳にも、きっと。