「諏訪子様!インプレッサがどんどん追い上げてきます!」
「さすがというかなんというか……ギアの繋がりがいいね。このスピード領域になると、長尾峠は6速の方がよくハマるんだ。それに……もしかすると、社外のクロスミッションに換装してるかもしれないね。九尾は用心深い妖怪だからさ」
「……?諏訪子様、ミッションと用心深さがどう関係するんですか?」
「初代インプレッサ、GC系のWRXはミッションが弱点だったんだよ。『ガラスのミッション』なんて言われるくらいには繊細なシロモノでね。二代目、つまり藍の乗ってる丸目になったとき改善されたと聞いてるけど、ギア比変更かねて強化品にした可能性は十分あるね。……にしても、3ナンバーになったボディの安定感が効いてる。こっちは元々
「ボディサイズが大きくなると『走り』の市場評価は下がりやすいですけど、メリットもありますからね。S14もR33もボディの肥大化が難点に言われがちですが、ステージ次第なところはあります」
「まあ、そうは言っても、普通峠だとコンパクトな方が有利なんだけどね。……私らみたいに、大柄なボディがキくスピードでこの長尾を走ってる方がどうかしてるんだよ」
私がそう言っている間にも、インプとはテール・トゥー・ノーズだ。
間近に迫られて気づいたけど、あいつシフトチェンジのときクラッチ切ってないね。
たしかに、回転数さえ合わせてやれば、クラッチを切らずにシフトは入る。
クラッチを切っている間はタイヤに駆動力が伝わらないから、クルマの挙動は不安定だ。
クラッチを切らなければ、それを拒絶できる。
だから、そうするメリットはある。
──でも、普通は限界バトルの最中にはやらない。
この領域で回転数をピタリと合わせてるのは、ちょっとレベルが違いすぎる。
こっちはもう前輪の応答性がかなり怪しい。
エボⅠの一番の弱点である異常なフロントヘビーがいよいよ表面化した形だ。
正直、前半の低速セクションでちぎれなかった時点で、こちらに勝ちの目はない。
そして、ドライバーの技量からしてミスは期待できない。
勝負はここまでだろう。
想像以上の速さだったが、ここまでの4WD使いに出会えたのは僥倖だった。
本気の4WDバトルをナビシートで体験することは、早苗にとって勝敗以上の価値があったといえる。
「早苗、惜しいけどクランク前のロングストレートでパスさせるよ。序盤で攻めすぎたみたい。エボⅠはフロントヘビーと、ブレーキとタイヤの容量不足って弱点を抱えてるからね。これ以上は私でも事故っちゃう」
「わかりました……悔しいけど仕方ありませんね」
「でも、ハイパワー4WDの真価を垣間見れたでしょ?エボⅠでこれだからね。新型のエボはこんなもんじゃないよ」
私はそう言いながら、ストレートに立ち上がったところでハザードを焚き、藍のインプと神奈子のS14をパスさせる。
なんだかんだバックミラーから消えてない時点で、神奈子の腕も錆びついてなかったらしい。
クラッシュせずに帰宅すること──公道の走りはなによりそれが一番大事だ。
「でも、今夜の諏訪子様かっこよかったですよ。トミ・マキネンくらい」
「そりゃそうだよ。私の前世はトミマキだからね」
「トミマキは古事記の時代に生まれてませんよ……」
エンジンブレーキをできるだけ効かせながら、流すペースで残りの区間を処理していく。
ここからはほとんど直線的にライン取りができるから、ブレーキが終わっていても問題ない。
最後の緩い左を立ち上がったところで、藍と橙、そして神奈子の三人が談笑している。
「なかなかやるじゃないか、諏訪の神も。正直、エボⅠだと侮ってたよ」
私たちがエボから降りると、藍がそう言いながら近づいてくる。
「ふふん。私くらいになると、エボⅢじゃなくても曲がるのさ……最後はブレーキが終わっちゃったけどね。あんたもやるじゃないか。ハイパワー4WDを熟知した、いい走りだったよ。早苗の勉強になった。礼を言う」
「藍さん、ありがとうございました。機会があれば私のS14とも
「S14とは、早苗は趣味がいいと話してたところだったんだ。そのときはアルシオーネでくるのもいいかもしれないな。優美なクーペ同士、
……驚いた。
人を避けるようになってた早苗が自分から声を掛けるなんて。
この間の「修学旅行」、そして今夜の八雲藍との走り──やっぱり早苗は、
「さて、と。話の続きは屋根のあるとこでしようか。……藍、目を離してると、うちのパワー厨があんたのかわいい橙を『洗脳』しちゃうよ」
視界の端で神奈子がEJ20のパワー限界についてとくとくと説いている──橙とやら、あんた目を輝かせてるけど、神奈子のセッティングは大体ワントライでブローするからね。
ま、言わないけど。
これはちょっとしたおかえし──うちの早苗にいい刺激を与えてくれたことに対する、守矢神社流のお礼さ。
私は笑いをこらえながらエボに乗り込み、遅れて戻った神奈子が助手席へ。
私たちのエボ、早苗のシルビア、そして藍たちのインプは、ファミレスに向かって御殿場の夜を駆けていく。
道中の信号はずっと青、私たちの走りは止まらない。
グリーンライツ──早苗の走りはまだ始まったばかり──