「またあんたか、紅美鈴。うちじゃ整備士は雇ってないよ。それともうちが職安にでも見えるかい?邪魔しにきたんなら帰りな」
大阪府某所、河城自動車──午前一時
河城にとりは来客に対し、目を向けることなく応じる。
「まだ『邪魔するで』とも言ってませんよ。……お土産の赤福です。今日中に食べてください」
紅美鈴はそう言いながら、ガレージ隅のテーブルに菓子の箱を置く。
「たしかに私は赤福が好きだけど、この時間の『今日中』ってのはつまり、いますぐ食べろってことでしょ?……わかった、茶ぐらいなら淹れてやるし、休憩ついでに話を聞いてやる」
「あなたならそう言ってくれると思ってましたよ、にとりさん。あなたがた河童は自分の理屈でしか動きませんが、なんだかんだ義理堅いですからね。ところで、どうして私だとわかったんですか?振り向かなかったでしょう?」
「ちょっとボロいけど、そこの椅子にかけて待っときな。そして、『なんだかんだ』は余計。……この時間に来る奴なんて、あんたか妹紅か借金取りくらいさ。借金取りなら殺意と萎縮の気配──ああ、しらばっくれても食い下がる輩は全員半殺しにしてきたから、
にとりは「うちはまずいコーヒーしかないんだ」と言いながらマグカップをテーブルに置き、自分も椅子にかける。
美鈴は、ガレージの片隅に落ちていた鉄パイプを手にとり、見つめていた──先端には血液が固着している。
「……まあ、こういうアングラな商売をしているとアングラな敵が増えますからね。
「
「
「そういうこと……うちがまだ『河城スピード』だった頃、私がつくったクルマで一般車巻き込んだバカがいてね。一般車の方は乗員全員死亡。その
「どうぞ。今のところ
にとりは煙を吐きながら、懐から二つのキーを取り出し、テーブルに置く。
「ああ、届いたときは何事かと思ったよ。これが紅魔のやり方かい?モノに釣られるほど私は落ちぶれちゃいないよ。……だけど、研究用に欲しかったのは事実だ。あんたが口添えしたんだろ?」
「そうです……河城にとりはシビックを中心とした小・中排気量の
「普通ならそう思う──河城スピードのホンダは
「そしてあなたは、環状ブーム全盛期より後の進出とはいえ、シビック中心の環状でふたたび返り咲いた。──どうでした?
「……結論から言うよ。NSXは持って帰っていい。売っぱらって現金にしていいなら、そうするけどね。エスはありがたくいただいとく」
にとりは煙草を灰皿に押しつけながら、NSXのキーを美鈴に渡す。
「せっかくの初期型タイプRなので、こちらでさばいておきましょう。買い手はいくらでもいますし、あなたがNSXに興味を持たないのも織り込み済みです」
「……なんでもお見通しってのは面白くないね。ただ、気に入らなかったのも事実……走りはイイし、速いんだけどね。言ってみなよ、紅美鈴。私がNSXを選ばない理由」
「『大きい』からでしょう?ボディも、エンジンも。サーキットにも顔を出していたとはいえ、河城スピードの主戦場は阪神高速環状線。一般車の間を猛スピードですり抜けていく『アミダ走り』に、大柄なボディ*1は向きませんからね」
にとりは赤福をつまみながら、美鈴の答えに応じる。
その目はかすかにいたずらっぽくも暗い光を秘めている。
「半分だけ正解。私は別に環状族じゃないし、そもそもエンジン屋だから、エンジンがイイならとりあえずOK。ボディも大事だけど、まずエンジン。整備士としてはなんでもやるけど、チューナーとしては、ゴミエンジンならどんな客でもお断りだよ。……はっきり言えば、気に食わないんだ。V6のエンジンも、オールアルミの大柄なボディも。たしかにC型エンジンはいい。V型のVTECなんて興味持たないわけがないし、ボディもよく作り込まれてる。だけど、『ゴルフバッグが積めるスーパーカー』ってのが、ブルジョア趣味で面白くないんだ」
「それはにとりさんの
「ああ、僻み根性は認める。実際借金まみれだし、本音を言えば、このNSXも業者オークションに流したかったくらいだからね。──ホンダは二輪に始まり、
メーカーへの思い入れ──おもえば自分にはなかったな、と紅美鈴は振り返る。
アメリカで整備を覚えたからV8。
日本で安く手に入り、丈夫だったから日産・L型。
金回りが良くなってきたらポルシェでフラット・シックス。
マツダのロータリーも触った。
そしてスカイラインGT-R、80スープラの登場を機に、過激なRB26・2Jチューンへ──
場所を変え、
自分のチューニング遍歴は、自分の生きた道そのものだと、紅美鈴は思う。
「私はトヨタや日産……というより、最終的には2JとRBをメインにやってきたので、正直なところ、そういった感情を持ったことはありません。そのとき一番イイと思ったエンジンとクルマをイジってきたし、客が持ち込めばどんなマシンでも速くしてきました。……私たちチューナーは、メーカーとユーザーの間にいますよね。メーカーが供給し、
「私は逆だね。チューナーってのは過去形だけど、私の仕事はホンダへのリスペクトありきだ。メーカーってデカい組織じゃ許されない、エンジンの本当の姿を探求するチューニング。だから私は、チューニングカーが一般車を巻き込むことには否定的だけど、バカとヘタクソが死ぬこと自体には大して何も思わないんだよ。ホンダが心血を注ぎ、私の磨き上げた
返す言葉もない、と美鈴は思う。
積み重なった客の屍が自分を蝕んでいった──ずっとそう思ってきた。
だが、昼も夜もなくエンジンをバラしては組み、セットアップを繰り返し、1秒縮んだ、1km/h速くなった、と喜ぶ──その裏側にあったメーカーへの後ろめたさ、それを見ないようにしてきたこともまた、美鈴を蝕んでいったのだ。
美鈴は数え切れないほどそういう存在を見聞きし、知っている──そして同時に、例外なく「真っ当ではない」結末をむかえてきたことも。
だが、ほんの一握りだけ、納得した顔で終われる者たちがいた。
真っ当ではない終わり方だとしても──それは、外法に手を染める理由と意味を、きちんと見つけたからだろうと、美鈴はいま思う。
チューニングは外法だ。
そうする理由と意味を見つけるために、人はさらにチューニングを施し、走る──チューニングに手を染めなければ始まらなかった問い、その答えを探すためにまたチューニングする、終わらないドロ沼。
霊夢や魔理沙たちの話を咲夜から聞き、FCの整備を通して、咲夜自身の走りを見つめる。
レミリアがこうして、かつて「走り」に関わった存在のところに自分を派遣する。
自分はチューニングから降りた──この仕事は主人の
そう言い聞かせてきたが、こうしてにとりと話すたび、どこかくすぶる気持ちにまだ熱があると自覚する──紅美鈴は、さわぐ心をもう、無視することができない。
「……『こっち』の話も、聞かせてもらえますか」
そう言って、美鈴は