「──ってとこさ。それがいまから数日くらい前の話。あそこまでキレた走りをするワンダーは久々に見たよ。古い設計の足回りでよくすり抜けてたし、載せ替えたらしいB18Cもカーンといい音させててさ──河城スピードは環状で最速だったけど、もう環状族全盛期は過ぎてたからね。あのワンダーのドライバーに比べりゃ、どいつもこいつもヘタレ揃いさ」
大阪府某所、河城自動車──午前二時
もう何本目かわからないマイルドセブンの灰を落としながら、河城にとりは紅美鈴にそう言った。
それも数日前に──
お嬢様が届ける日付と時間をきっちり指定してたのは「そういうこと」だったのか?
「──にとりさん。そのワンダーのカラーってわかります?」
「カラー?赤と白のツートンカラーさ。紅白ツートン。環状ならラッピングだって珍しくない。*1……なんだいその顔」
やっぱり──これも「運命」だって言うんですか?お嬢様──
「……にとりさん、あなたがいい音だっていうのは当然です。……その紅白ワンダーに積まれていたB18Cは、あなたが最後に組んだVTECなんですから。河城スピード最後の環状
「──博麗霊夢。なるほどね。紅魔のお嬢が特別に目をかけているのもわかる走りだ。小悪魔だっけ?あの使いの子がしつこく食い下がったのと、同じ幻想郷のよしみ──っていうかあのエンジンが博麗大結界の内側に『封じられる』ならいいかと思って譲ったけど……そうか、あの
にとりさんは灰が落ちそうなのも構わずに、くわえ煙草で宙をあおぐ。
霊夢の走りを見て思ったのだろう──あれほどの乗り手が「河城スピード」のときにいれば、と。
「ですが、お嬢様は目をかけているだけではなく──」
「目をつけてもいるんだろう?お見通しさ。紅魔のお嬢は知らないけど、第二次交通戦争*2の時代に『走った』私やあんたなら、一目見ればわかる──早晩死ぬよ、あの子。たしかに速い。私が環状に上がって見てきた中じゃ、トップクラスの速さだ。だけど──命は百円玉じゃないんだ。『コインいっこ』の感覚で走れば、どんな天才でもあっさり死ぬ」
──私と同じ読みだ。
一目ワンダーを見ればわかる──あの子にとって、命はあまりにも軽すぎる。
生にも死にも執着しない、それが博麗霊夢だが──それでも、軽すぎる。
お嬢様は霊夢さんをさらに速くするために、そして死なない走りを教えるために、おそらく河城にとりとの接点をつくらせようとしているのだろう。
具体的な流れは読めないが、私は一つ確信している──お嬢様は、博麗霊夢を「河城チューンの」エスで首都高に上がらせるつもりだ。
私が口を開く前に、にとりさんが言う。
「──やってもいい」
「……いまなんと?」
「二度も言わせるな。……エスを『やってもいい』って言ったんだ」
「……チューニングからは降りたんじゃないんですか?」
「降りたよ。でもあの夜、私のなかで『なにか』が動いたのも事実だ。……私のなかにエスの絵図はもうできてる。──やり残したことがある。これからやろうとすることは、エスとF20C──それだけじゃない、ホンダ、そしてクルマという機械に対する冒涜だ。だけどそのすべてを置き去りに──そしてそのすべてを抱えて走り抜ける速さ──それを実現するS2000の絵図はもう出来てるんだよ。だが、クルマはドライバーなしに動かない。ドライバー含め『チューニング』、そして『走り』だ」
「……あなたも動かされましたか。私もですよ。どれだけそれが愚かなことだとわかっていても、私達はスピードの『魔』に抗えない。だからせめて、人も機械も死なない走りを。そう思います。──それでは近々霊夢さんを……」
「待ちな」
そう言って、にとりさんは私の言葉を遮る。
「あんな『自殺志願者』に組むエンジンはない。それがお買い物軽ワゴンだったとしても、私は博麗霊夢のクルマにはオイル交換ひとつすらしないよ……いまはね。走りにホレたのは事実だ。だから条件がある。──霊夢にはあの
「条件ですか?ええ、言ってませんよ。『懐かれてチューニングを頼まれたら面倒だ』って、にとりさん言われてましたから。大阪から引っ張ってきた以上のことは話してません」
「それなら好都合だ。『その時』まで私の名前を明かさないこと。ああいう危うい走りをヤメること。そして、あのB18Cを限界まで絞りきること。この三つが条件──私の『環状SPL』はあんなもんじゃないし、あの子なら引き出せるはずだからね。あと、府警のパトを潰してるのはあの子かい?」
「おそらく……
「やっぱりか。『謎の光の玉』でパトが潰されたってオカルト話が回ってきててね……環状中心に、府警がやたらピリついてるんだ。これじゃ幻想郷の意味がないし、
「わかりました……それでは、今夜はこのあたりで。またお邪魔します」
「次は
にとりさんがそう言ったところで音が聞こえる──RB26だ。
「いえ、迎えがいます。これから名神に上がって慣らしなので。NSXは報酬ということで、そちらでさばいてもらって構いません。お嬢様からもそう言われてますので……それでは」
私はそう言って、河城自動車を後にする。
敷地の前で路駐しているブラックパールのR34型スカイラインGT-R──私はその助手席に乗り込んだ。