「とりあえず近畿道に上がるわ。北上して、
「いいですよ。それでいきましょう──フランドールお嬢様」
大阪府某所──午前二時半
私はいま、ブラックパールのR34型スカイラインGT-R、その助手席に乗っている。
河城自動車を出て、最寄りインターへ。
この34Rは中古車ではあるが、出自はディーラーの展示車両──極低走行の極上車。
ほとんど新車と言ってもいい──ある一箇所を除いては。
ゴム類と油脂類を全交換し、タイヤとブレーキを調整──とはいっても、タイヤサイズは変えていない。
交換に伴い、妹様の好みに合わせて銘柄を変えただけだ。
ブレーキもパッドをすこしμ*1の高いモノに変えただけ。
手を入れたのは──エンジンだ。
紅龍レーシングのデモカーだった32Rは、その出自を隠したまま、いまは魔理沙さんのものになっている。
魔理沙さんに譲るにあたって、32Rは足回り以外ノーマル戻し──足回りだけは改めてライトチューンが施してある──をした。
魔理沙さん本人は知らないが、あのエンジンは事故車だった別の32Rのノーマルを載せ替えたものだ。
言ってしまえば、ボディ以外のほとんどは、紅龍レーシングから引き継がれていない。
そのとき下ろした
妹様に引き渡す前に、34R純正のRB26を全バラシしたうえで、改めて組み直した──この34Rの純正ブロックに、あの32Rのエンジンのパーツを組み込む形で。
34R用N1スペックパーツを多用し、ワンオフの強化クランクシャフトまで投入したRB26紅龍SPL──それらのパーツはいま、この34Rにおさまっている。
──妹様には言っていないが。
レミリアお嬢様の命というのもあるが、SPLパーツを眠らせておくのはもったいないという気持ち──それと、動き始めた「流れ」に身を任せた結果だ。
ボディは魔理沙さんへ、エンジンは妹様へ──そう考えていると、運転席から声がかかる。
「美鈴疲れた?休憩する?」
「いや──大丈夫ですよ。ありがとうございます。淡路島までそのまま行ってください。……一定の回転数キープで巡航──上手くなりましたね。」
「ありがとう。初めてのクルマだから、大事に乗りたいなって。私は吸血鬼な分、身体能力も高いから無茶できるけどさ。せっかく魔理沙とお揃いのGT-Rなんだし。……まだ魔理沙たちには言ってないけどね。びっくりさせようと思って」
「そうですね。その方がクルマも喜びますよ。……どうですか?そろそろ慣らし走行の時期も終わりですが、スカイラインGT-Rは」
「すごくいいよ!お姉様は『もっとかわいらしいクルマにしたら?』って言ってたけど、私は魔理沙と同じGT-Rに乗りたかったから。魔理沙は32で、私は34……32もカッコいいけど、私はやっぱり、さらに筋肉質になった34の方が好きかな。純正ウイングもいいデザイン。やっぱり羽は大事だよ」
うーん、こういうところは姉妹だよなと、私は思う。
羽のデザインにこだわるのは、羽を持つ種族だからだろうか。
かつて、80スープラをスポイラーレスにしていたお嬢様のことを思う──それは、「そういう意味」だったんだろうか、と。
そしていま純正のリアスポイラーをつけているのは「そういうこと」だろうか、とも。
「──妹様は、知ってますか?そのとき、空気を味方につける。そのとき、私を解き放つ──」
フランドールお嬢様が後を引きとり、口を開く。
「──人に翼を。*2もちろん知ってるよ。34Rを選んだ最後の決め手はそれだったから。──私は魔理沙がどういう努力の果てで32Rを手に入れたのか、知ってる。だから魔理沙にとって、Rは『翼』なの。……私はこれから走り出す──スカイラインの四灯テールは追われるための存在であり、34Rはスピードの王者。そして私は吸血鬼で、『スカーレット』。妖怪の王者とスピードの王者──私とRが、私達を追う者に翼を授けるの。『人に翼を』それがフランドール・スカーレットのノブレス・オブリージュ*3だと、私は思ってる」
「──『僕の前に道はない 僕の後ろに道は出來る 道は僕のふみしだいて來た足あとだ だから」
「道の最端にいつでも僕は立つてゐる』*4……そういう気持ちもあるよ。私もお姉様みたいに、なにかを切り拓いていきたい、先導したいって気持ちが。でも、いまはまだそんなに大げさなものじゃなくて、私の速さで魔理沙や咲夜、霊夢を導けたらなって。まだまだこれからだけど──私とRの前は誰にも走らせない。お姉様とは違った形で私も、すべてが従う速さを手に入れたいの。──"And Then There Were None"ってね」
「前を走る者は『そして誰もいなくなった』*5といえるまでですか。わかりました、それなら34Rも納得です。……ステージはやはり」
「そう、首都高。ターゲットは魔理沙と同じだけど、魔理沙より一足早く上がろうと思ってるの。咲夜と霊夢もいずれ上がってくるでしょうけど。はじめから狙うステージは首都高だけ──最終目標は、湾岸線。五年前のお姉様と同じだよ。……ついてきて、美鈴。あなたはお姉様の従者だけど『人に翼を』美鈴、それはあなたも同じ。紅龍に折れた翼は似合わない。私とRについてきて」
血は争えない、私はそう思う。
二人は、やはり姉妹なのだ、と。
レミリアお嬢様が紅龍レーシングを初めて訪ねたときと、同じカリスマ──「紅龍に折れた翼は似合わない」──私はこの、スカーレットの瞳と言葉に動かされたのだ。
度重なる客の死、蝕まれる心──積み上げてきたクルマへの背信、スピードの
身体が震える──五年前と同じ結末になるかもしれない。
首都高には「魔」が潜む──咲夜ちゃん達三人は、走りの中で命を落とすかもしれない──あの雨の、横羽線で燃えたブリリアントブラックのFD3Sのように。
だがそれ以上に──心が震える──それがどれだけ愚かな行為だとしても、人も妖怪も、速さの果てに夢をみる──
R34型スカイラインGT-Rが、明石海峡大橋を越えていく──いつか私もまた、首都高湾岸線、つばさ橋へ──オーバー300km/h、その果てへ──
「──かしこまりました、フランドールお嬢様。紅龍レーシング・紅美鈴にお任せください。とびっきりのRを組みます。あなたの走りが私の翼、私のRがあなたの龍です」