「聞いたわよ、魔理沙。霊夢と絶交状態なんだって?」
冥界ハイウェイ第二PA──午前一時
「──咲夜、それはすこし違う。私が一方的に避けてるだけだ。あいつが私の家に来ることはめったにないから、私から神社に行かなきゃ会うことはない。だから変な噂がたってんだろ。……出どころは
魔理沙は私と目を合わせずに言う。
どうやら思ってたよりも状況は複雑らしい。
数日前、文が一人で私を訪ね「魔理沙さんが霊夢さんと絶交してる」とだけ言い残していったのだ。
いつもの
しかもキューバ危機並の緊張感に、世界恐慌並のブルーな表情で──私のFCがPAに入ってくると、話しかけてほしくもあり、それでいて話しかけてほしくはなさそうな目線を向けてきた。
そういうわけで、私は文から聞いた話を振ってみたのである。
「そ、あのインチキ敏腕記者よ。でも私以外には話してなさそうだから安心して。あなたたちがそうなってる理由も知らないし。……なにか飲みながら話しましょう。奢ってあげるわ。コンポタでいい?」
「ありがとよ。だが、コンポタはやめてくれ。私はおしるこがいい」
なんだこいつは。
コンポタを拒否する人間がこの幻想郷にいたなんて信じられない……しかし、私は完全で瀟洒なコンポタラヴァーなので、一切それを表情に出さず、スマートにおしるこのボタンを押す。
わかるやつにはわかる──わかるやつにだけわかればいい。
コンポタはロータリーと同じ、私にわかればそれでいい。
「はい、魔理沙。それで?あんた何したのよ」
「……サンキュー、咲夜。……私がなんかしたわけじゃない。いつもだったら私がなんか言ったか、なんか壊したか……なんか壊したかだが……」
「あんた壊しすぎじゃない?あと、『借り』すぎ」
「うるせえ。霊夢からは今まで何も『借りて』ないし、今回は壊してない。……コトの発端は、こないだの環状──」
すこし前、魔理沙は霊夢のワンダーに横乗りする形で環状に上がった。
いつものごとく──つまり大変危険なスピードで──走っていると、赤い
見た目はノーマルだが、速そうな空気──そう思ってたら霊夢がパッシングし、エスの方もバトルを受けた。
「珍しいわね、霊夢が自分からバトルを申し込むなんて」
「ないわけじゃないんだ。シビック系にはあいつ結構好戦的なとこあるんだよ。エス相手は珍しいなって思ったけど、同じホンダ車だし──ほら、環状じゃホンダはフェラーリよりエラいからさ──そういうテンションかなって思ってたんだ。最近椛のEK9とバトルしたばっかりだし」
エスとのバトルは東船場JCTよりすこし手前くらいからスタートした。
猛スピードのすり抜けはいつものことだが、一般車のかわし方が普段よりラフ──まるで押しのけていくように。
霊夢はマジなバトルモードになると荒っぽいから、それだけエスが上手いんだとばかり思ってた──実際、そのエスは、霊夢みたいな
「問題が起きたのは、夕陽丘のストレートだった」
「二車線になる、阪神環状で一番狭いストレートよね。東船場S字からの流れ次第では、かなりスピードが乗ってる区間」
「そうだ。そこで──」
二車線の夕陽丘ストレートでも、両者ハイカム高回転領域ですり抜けていたが、夕陽丘出口を過ぎたあたりでトラックとタクシーが並走──流れが詰まってしまった。
夕陽丘は環状から下道への出口を過ぎたあと、下道の入口から合流があり、その直後にえびすJCTで環状と14号松原線に分岐する。
松原方面なら踏みっぱなしでストレート、環状継続なら一車線プラス左右ゼブラゾーンのきつい右──恵美須コーナーだ。
環状方面に分岐して、恵美須コーナーでブレーキング勝負──そのあと難波S字へ──おそらく両者そのテンションだったところで、流れが詰まった。
夕陽丘で踏めない以上、恵美須コーナーは流してクリアし、難波S字まで加速勝負──ナビシートの魔理沙も、そしてエスもそう判断した──エスはトラックとタクシーの並走を見て減速。
しかし霊夢は──
「嘘でしょ?そこで踏んだの?」
「踏んだんだ……霊夢のやつ、エスの横に飛び出してアクセルベタ踏み……今回ばかりは死んだと思ったんだが……」
トラックとタクシーが同タイミングで左右外側へ──できた隙間をぎりぎりでパス──
「……なんでクリアできるのよ」
「わかんねえ……たしかに、夕陽丘入口からの合流で、トラック側にはすこしスペースがあった。だけど、トラックとタクシーとワンダー、三台の車幅分の広さがあのストレートにあったとは思えない……でも、クリアした。だから私は亡霊ではなく、生者としてここにいる」
霊夢はその後、その勢いのまま14号松原線へ──さすがに恵美須町コーナーのクリアは無理と判断したのだろう。
霊夢は終始無言──魔理沙が何を言っても無視──何かに取りつかれているように。
霊夢がやっと口を利いたのは、
─────
────
───
──
「──魔理沙。あのクルマ、なんて名前?」
「霊夢!お前聞いてんのか!あのすり抜けはいくらなんでも──あのクルマ?」
「そうよ。私とバトルしたあの赤いホンダ」
「──エス。ホンダ・S2000だ」
「そう──S2000って言うのね──」
「超高回転型VTECユニット・F20Cを搭載したホンダのリアルスポーツFR、それがS2000──って、そんなことはどうでもいい。霊夢!運良くパスできたから良かったが、一歩間違えたら私たち死んでた──」
「──いいじゃない、別に」
「──は?」
いまこいつなんて言った?
「魔理沙──私たちがやってるのは何?」
「……
「そうよね。外界の『さーきっと』ってとこにはエスケープゾーンがあって、そういうクルマとその気のドライバーしかいない。でも、私たちは公道ランナー……そうでしょ?一般車からしたら大迷惑……それは認める。でも、私たちは公道にしか気持ちを見つけられない──一般車は阪神高速に通行料を払うわ。じゃあ、私たちは?──命よ、魔理沙。命という担保を預けて、私とワンダーは環状に上がる……
霊夢の言うことは正論だ──クルマは凶器、そして私たちは、常軌を逸したスピードに身をやつす──ガソリンとオイルを湯水のごとく使い、タイヤを消しゴムみたいに削り、ボディを跳ね石で傷だらけにしながら。
だけど──
「──だけど、私たちは『走り屋』だ。窮屈なサーキットじゃなく、自由な公道で、純粋に速さを追求したいだけ──そりゃあちょっとは迷惑だけど、一般車は巻き込んでない──自殺志願者でも暴走族でもないんだ、霊夢。走り屋なら限度ってもんがあるだろ」
「同じよ。走り屋も暴走族も、そして自殺志願者も、何も違わない。……警察は私たちを捕まえようとする──私たちは逃げる、私はときにパトカーも潰す──それは役割を互いに
「霊夢──私にはお前が何を言いたいのかよくわかんねえ……でも、私はお前が死んだらツラい──」
「行き詰まったら思考停止して情に訴える──魔理沙、あんた昔からそうよね。あんたのそういうとこに助けられてきたことは、いつも感謝してる。でも──『走り』において、それは命取りよ。私はあんたが事故っても振り向かない──だからあんたも、私が環状で死んでも、止まらず先にいきなさい。横乗りで死んだらお互いそれまで──ただ、それだけよ」
霊夢はそう言って、ワンダーに乗り込む。
幻想郷に戻るまで──そして戻ってからも、私たちは一言も口を利かなかった。
──
───
────
─────
「──というわけなんだ」
「なるほどね。魔理沙としてはどうしたいの?」
咲夜が私に問う。
私は──わからない。
霊夢と気まずいままでいるのは嫌だ──でも、霊夢が言ったことに、何も反論できない自分がいる。
あいつはいつもめちゃくちゃ──でも、博麗霊夢はいつでも「正しい」。
だからあいつは何一つ間違わない。
正しいから間違わないし──正しいから、速い。
クルマを知って、走りを覚えて──速くなっていくことが、私はただ楽しかった。
速くなっていく自分が嬉しかった──32Rは私の速さが、「ここまで来た」ことの証明──
楽しく走って、ときには馬鹿やって、そして速くなって──それでいいと思ってた。
走ることの危うさ、それはわかってるつもりだったけど──霊夢のナビシートで死を直感して、あらためて思う──私は何一つわかっていなかった。
幻想郷でも事故はあった──でも、大半のドライバーが妖怪だから、かすり傷ひとつ負わずに、クルマだけ廃車ってパターンばかりだった。
私たち人間は誰も事故ってない──幻想郷ではまだ、誰もクルマで死んでない。
「──私は……まだなにもわからないし、なにもわかってない。咲夜、私はお前みたいに賢くないし、霊夢みたいな冴えた勘もない。だけど──いまはまず、霊夢のことを、あいつが言ったこと、そしてあいつが走る
「……魔理沙らしい結論じゃない?でも、霊夢と何を話したらいいかわからない──そうでしょ?」
「ああ……あれからずっと考えてる──でも、何一つわからない」
「だったら──走るしかないのよ。走る
「ああ……きっとそうだ。私のマシンはスカイラインGT-R──勝利だけを求めるサラブレッド。走り──それも誰かと戦う走りの中でしか──きっとRのことも、霊夢のことも──そして私自身の気持ちもわからない」
私はRのキーを強く握りしめる。
そのとき、第二PAに一台のクルマが入ってきた──