「おまたせ、咲夜」
「咲夜さん、お待たせしました」
「大丈夫よ、さっき着いたとこだから」
レイクサイド・パークウェイの駐車場に着くと、既に咲夜さんとFCが待機していた。
私たちのアルピーヌに続いて、鈴仙さんのエボと魔理沙さんの32Rが入ってくる。
「くっそー、小悪魔お前なにしたんだよ。ヘアピン前でめちゃくちゃ速くなったじゃねえか」
「私がすこし魔法をかけたの。ハイパワーにした方がわかりやすい挙動ってあるから」
「なんだよアリス、私にもそれ教えてくれよ」
「ダメよ。あなたが卑怯な使い方しないのはわかってるけど、ろくでもない使い方『しか』しないのもわかってるから。あなたも魔法使いなら、自分でなんとかしてみなさい」
「ちぇっ、しかたねーなあ。そんで?咲夜が来てるってことは、次はFRか?」
「私や魔理沙の四駆は結構後になりそうね」
相談に乗ってくれていた魔理沙さんと鈴仙さんには申し訳ない気持ちだが、本人たちは「妥当だな」といった表情を浮かべている。
「ねえ、アリス。早く始めましょうよ。私と小悪魔、お夕飯の支度あるし」
「たしかにそうね。横乗りは今回も私がやりましょうか。咲夜が横乗りすると、多分ロータリーの話しかしないし」
「あのー。ロータリーエンジンってそんなに違うんですか?みなさん『ロータリー』っていうと強調するっていうか……なんか『構え』ますよね」
「あー……小悪魔、そのあたりはまたおいおい。多分いま話すと日が三回は昇るわ。咲夜、小悪魔の横乗りは私でいい?」
「そうね。私のロータリー愛はコンポタ以上お嬢様以下だから……私のFCは2シーター*1だし、アリスなら大丈夫。任せるわ」
そう言って咲夜さんは私にFCのキーを渡す。
そういえば、同じ紅魔館に住んでいるのに、咲夜さんのFCを運転するのは初めてだ。
「私たちはここで咲夜とダベっとくぜ。咲夜と話すのは久々な気がするし」
「そうね。私は最近冥界ハイウェイばかりだったから。魔理沙は来ないの?」
「私はまだRをあそこで振り回せるほど手の内にゃ入れられてないからな」
「魔理沙って結構そのへん堅実よね。さっきもエボのバックミラー越しにみてて思ったけど、アルピーヌがえげつないスピードになってから無理に追わなかったし」
「Rならアテーサ効かせてグイグイ曲げていけるのはわかってたが、あのスピードだとクルマに曲げてもらってるだけで、自分で曲げていけるとは言えなかったからな。『どうして曲がってるかわからないスピードには飛び込まないこと』って、Rのキーを渡されるときレミリアと約束したんだ、私は」
「お嬢様の言うことなら間違いないわね。従って正解よ」
「そうだね。私もエボのキーを受け取るときに言われた。『ハイテクハイパワー4WDの怖さに気づいたときは、残念だけど廃車を覚悟しなさい。怖くないスピードから段階を上げていくこと』って」
三人の会話を横に、アリスさんとともにFCに乗り込み、キーを回す。
アクセルをふかし、クラッチをつなぎ、発進──聞き慣れた、しかし独特なエキゾーストだ。
この音を聞くと、咲夜さんだと私はいつも思う──そして、美鈴さんはこの音で飛び起きる。
「さて、どうかしら。エンジンの存在感は脇において、いまはシートとステアリングから感じる挙動に集中してみて」
アルピーヌに比べたら舵の効き方に安定感がある。
後ろから押されるような発進の印象は同じだ。
「そうですね……舵がしっかりしている印象を受けます。さっきのアルピーヌや普段のヨーロッパに比べれば接地感がありますね。ステアリングが重い、というより、ステアリングからの情報量が増えた、といった感じです。舵の効き方はブレラに近くなりました」
「その通りだと思うわ。FRはフロントエンジン・リアドライブ。前にエンジンを置いて後輪を駆動させる方式ね。重量物が操舵輪の方にある分、RRより直進安定性は高いわ」
「前にエンジン……ということは、RRから技術進歩して生まれたレイアウトってことですか?」
RRは操舵輪と駆動輪を両立できないことと、エンジンパワーを離れた駆動輪に伝達できないこと、その二つの事情から生まれたものだった。
エンジンを前に置いて後輪を駆動させるということは、エンジンパワーの伝達問題は解決した、ということになる。
「その通り。簡単に言えば、エンジンパワーを離れた駆動輪に伝達させる部品が発明されたの。それがプロペラシャフト。後部座席の足元真ん中にでっぱりがあるクルマってあるでしょ?」
「ありますね。外界でタクシーに乗ったらよく見かけます」
「あのでっぱりの下にあるものがプロペラシャフトよ。他にも色々あるけど、省くわね。FRのメリットは、RRよりも安定性が上がったこと。あとは感性の問題だし、後輪駆動の中では圧倒的多数だから一概に言えないけど、『操る楽しさ』を理由にする人が多いわね。大パワーを使えるのもメリットかしら。ハイパワー車になると後輪駆動か四駆になってくるの。ただ……」
……私は強くステアリングを握る。
嫌な予感しかしない。
「……ただ、なんですか?」
「そんなに身構えなくて大丈夫よ。次の高速コーナー、すこしスピード乗せてみて。咲夜のクルマだし、いま防護魔法をかけておいたから、事故っても『クルマは』無事よ」
「……それ事故ったら私たちタダじゃ済みませんよね?FCは無傷でしょうけど」
「私たちも大丈夫でしょ、魔女と悪魔だし。この程度で死ぬなら、中世の人間はあんなに苦労してないわ」
「そうですねえ。それじゃあ、いっそ『魔女狩り』といきますか」
そう言って私はアクセルを踏みこむ。
コーナー前でブレーキを入れ、左に旋回する姿勢をつくる──左のリアをなにかが押した。
ドアミラーにちらりと蓬莱人形が映る。
私は慌ててバランスをとりながら、フラフラとコーナーをクリアする。
「やるじゃない。スピンするとおもってたのに」
「……やるなら先に言ってくださいよ」
「あなたの腕だと、不意打ちじゃないとコントロールしきっちゃうからね。でも、やってわかったでしょ?安定性が上がったといっても、正直後で乗る前輪駆動や四駆には劣るの。操る楽しさってメリットも、ある意味不安定さの裏返しかもね。ブレないわけではなく、それでいて吹っ飛ぶ前兆がつかみやすいから」
「ああ、わかりますそれ。ナンパと一緒ですね。早めにアリかナシかサイン出してくれて、ほどほどに駆け引きしてくれる人が一番楽しいし親切なんですよ」
「……あなた本当はサキュバスなんじゃないの?」
「いやあ、私なんて清純派ですよ。いっつもイケおじに振られてはパチュリー様に泣きつくピュアーなハートですから。……『あくまで』悪魔基準ですけど」
「どうだか……まあいいわ。魔理沙が最初にシルビア系を勧めたのはまさにそこね。簡単に言えば、低いスピードでもコントロール不能の状態をつくれて、かつローパワーなクルマは上達しやすいの。事故しても軽いもので済みやすいし。シルビアやマツダ・ロードスター、ハチロクあたりが人気ある理由はそれね」
コントロール不能の状態をつくれる……?
コントロール不能になりやすい、ではなく?
「コントロール不能の状態を『つくる』んですか?」
「そう、つくるの。言い換えれば、腕の良し悪しが出やすいクルマってことね。素性がシンプルで適度にアンバランスだと、安全なスピードでコントロール不能な状態を経験しやすいの」
「ああー。あれですかね、ハイスペ超人で温厚かつ尽くし系な人と付き合うみたいな。ダメ人間になるか、釣り合うよう努力するか、結構シビアですよね」
「……たとえは悪いけど、合ってるから困るわね。そういうことよ。調子に乗って『そういう人』を怒らせたら大変なことになるでしょう?ハイパワーでよく曲がるクルマはまさにそれね。コントロール不能になるまでがすごく長いけど、そうなったときの事故は正直悲惨よ」
「うーん。高性能故のジレンマですかあ。考えたことなかったかも」
数字が高ければ自分に良いわけではない──人もクルマも同じだ。
「あと、FRって言ったらやっぱりドリフトね。他の駆動方式でもできなくはないけど、技術として別物になったり、難易度が跳ね上がったりするわ。ドリフトをしたいならある程度パワーがあったほうがいいかも。私は詳しくないからアレだけど、ドリコンのトップクラスは千馬力近いマシン扱うみたいだし」
「想像もつきませんねえ。私はブレラやこのFCのパワーでも十分すぎますよ」
特にこのFCのパワーは凄まじい。
扱えはするが、すこし気持ちが張り詰めてしまう。
咲夜さんいつもこんなの振り回してるのか。
さっき魔法で馬力上げたアルピーヌもそうだが、私はあまりパワー志向ではないのかもしれない。
「咲夜のFCはたしか350馬力ね。ブレラは260馬力くらいだったかしら。さっきのアルピーヌは320馬力くらいね」
「うーん、十分過ぎるんですが、数値としてはそのくらいですか。私はここまでのパワーはいらないかな、って気持ちですね」
「パチュリーのヨーロッパによく乗るならなおさらかもね。パワー志向じゃないなら、駆動方式も幅広く選べるからある意味オトクよ」
「そうですね。それがわかったのも収穫でした。ありがとうございます。……よかったらアリスさんもお夕飯食べていきませんか?魔理沙さんや鈴仙さんも一緒に、お礼かねて」
「そうね、それなら呼ばれようかしら。レミリアとも久しく話してないし。後輪駆動最後のMRはあなた乗り慣れてるし、夕食をとりながら整理しましょう」