いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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エンジンルームの怪物

妖怪の山、山頂付近駐車場──午前二時

 

紅霧異変以来、博麗大結界を越えて自動車が流入してからというもの、幻想郷はその姿を変えつつある。

妖怪の山には走り屋少女(おとめ)たちのために、ワインディングロードが複数整備された。

いまや幻想郷において「走り」は、弾幕ごっこと並ぶ地位を築きつつある。

自己表現とスリルの両立──そして人妖の平等。

表向きはいくらでも理由を並べられる──しかし、少女たちは、エキゾーストに騒ぐ血潮を隠せない。

 

霧雨魔理沙は戦慄していた。

走り慣れた妖怪の山で、上り一本のシェイクダウン。

山頂近くの駐車場でエンジンを切り、ボンネットを開く。

 

「これがRB26……」

 

「どうです?魔理沙さん」

 

射命丸文が私の隣で語りかける。

取材ネタを提供してやる、と自慢ついでに文を呼び出したが、正解だったかもしれない。

一人で向き合うには、重すぎる。

 

「どうもこうもないぜ……まるで怪物だ。クラッチを繋いだ瞬間に直感したよ。ああ、このペダルの先に繋がってるのは機械じゃない──もっと(ナマ)っぽい、生き物がエンジンルームの中にいる──って」

 

「怪物ですか。その割に、随分走れてた気がしますけど」

 

「乗れてなかったよ、私は……乗せられてただけだ。丁寧に調教されてるだけで、こいつはまぎれもない怪物……実際、3速4000回転より先に入れる勇気は出なかった。私が『行け』と言わなきゃおとなしいが、言えば最後、今の私じゃ谷底行きだ」

 

文は熱心に私のコメントを手帳に書き込む。

「霧雨魔理沙、32R鮮烈デビュー」なんて一面を期待したが、どうやらカッコ悪い記事になりそうだ。

だが、仕方ない。

乗りこなせていなかったのは事実だ。

 

「でも、『乗れてなかった』って、私に言ってよかったんですか?」

 

「事実だからな。最初から32Rに乗ってたら、多分私は乗りこなせた気になってたと思う。このクルマなら、そこらの走り屋程度楽に勝てるからな。だが、S13で走り込んだ今なら、レミリアが私に最初からこいつを与えなかった理由がわかる」

 

「速すぎて練習しなくなるからですかね?」

 

「それもあるだろうよ。でもすこし違うな。……あの頃の私なら、多分死んでた。格上とのバトルになれば、『負ける』じゃ済まなかったと思う」

 

私は紅霧異変での、フランドールとの弾幕ごっこを振り返る。

フランはあのとき、弾幕「ごっこ」の意味を半分しか理解してなかった。

私は吸血鬼という種族の強大さを初めて思い知った──レミリアが十分の一すら本気を出していなかったことも。

狂気半分、殺意八割のフランを相手に、焦った私はミニ八卦炉の出力をミスり──紅魔館の半分が消し飛んだ。

 

幸い、覗き見していた紫が「紅魔館の外」と「紅魔館の中」の境界をいじったお陰で、紅魔館の壁だけが一瞬吹き飛び、次の瞬間修復された。

しかし、あの恐怖を忘れることはできない。

 

「レミリアさんはよく言いますよね、『クルマで死ぬな』って。幻想郷に『走り』を持ち込んだ者としての責任感ですかねえ」

 

「そうかもしれないな。レミリアのやつ、あれこれ言いながらも、なんだかんだ面倒見いいし」

 

「レミリアさんのそういう一面を取材するのもいいかもしれませんね……さあて、私はそろそろ戻りますか。入稿の締切は過ぎてますが」

 

「いいのかよ。私の記事、お前ならいまからでも朝刊間に合うだろ」

 

「いいんです、明日は休刊にしますから。たまには、はたてにリードさせてやらないと……魔理沙さんが『本物のR乗り』になった頃、また取材させてもらいます」

 

「ちぇっ。文、お前ちょっとカッコよすぎるぜ。……待ってろよな」

 

飛び去る文を見送った後、私はボンネットを閉め、再びRのキーを回す。

八卦炉を取り出し、見つめ、そしてまたポケットに戻す。

 

「いくぜ、私のGT-R」

 

呟き、シフトをローへ。

Rが私を見つめてくれている、クラッチの手応えで私にはわかる。

 

見定めてくれ、GT-R。

霧雨魔理沙()の走りを、見定めてくれ──

 

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