いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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前話までが第一部、その先は第二部となります
第二部に入る前に、MR編で区切っていた「小悪魔さんのクルマ選び」の続きをやります
FF、4WDをやってから、第二部です


小悪魔さんのクルマ選び(FF編・前編 / シビックタイプR・EK9)

妖怪の山、山頂付近駐車場──午後十時十五分

 

アリス・マーガトロイドは、鈴仙・優曇華院・イナバ、および犬走椛とともに話しこんでいた。

七色の人形使いは顔が広い──私は一人が好きなだけで、知り合いはたくさんいる──本人はそう語る。

 

今夜は小悪魔のクルマ選びについて、FFと4WDの解説をするために三人は集まっている──当の小悪魔本人は遅刻しているが。

しかし、ある黒白な魔法使いの遅刻癖に慣れきってしまった三人は気にする様子もなく、ガールズトークに花を咲かせていた。

 

椛のEK9のオーディオ移植に話が移った頃──聞き慣れないエキゾーストが響き、一台の赤いクルマが入ってきた。

 

「──妖怪の山では見たことないクルマです。鈴仙さん、アリスさん。お二人のお知り合いですか?」

 

「私は知らないクルマ。なんか妖夢のAWに似てるけど……やっぱり違うよね。アリスさんわかります?」

 

「私も知らないわ──デザイン的にクラシックとはいかないくらいには最近だけど、半分旧車ね。幻想郷の旧車ならあらかた把握してるけど──やっぱり見たことないわ。誰かしら」

 

私が鈴仙と椛にそう答えていると、その赤いクルマからドライバーが降りてくる──小悪魔?

 

「すみません、みなさん。遅れちゃいました。出発するとき、この子のエンジンがぐずっちゃって」

 

「それはいいんだけど……小悪魔、そのクルマどうしたの?」

 

私がそう言うと、小悪魔は途端にデレデレで語りだす。

 

「買っちゃいました!昔の雑誌読んでたら一目惚れしちゃって……レミリアお嬢様が外界でやってる会社*1づてに探してもらったんです!今日納車だったんですよ……かわいいでしょ?」

 

小悪魔がそう言うと、鈴仙が問う。

 

「たしかにかわいいですね。小粒にピリッと辛い感じがします。これなんて名前のクルマなんです?」

 

「これはフィアット・X1/9(エックス・ワン・ナイン)です。量産ミッドシップスポーツのパイオニアなんですよ」

 

フィアットと聞いて、椛がこめかみを揉む──まあ、言いたいことはわかる、気持ちはよくわかる。

 

「アリスさん……フィアットってたしか……」

 

「……イタリア車ね。そういえば、スカーレット貿易はイタリア車とイギリス車だっけ。アルファロメオをADバン*2感覚で使ってるくらいだし。イタリア車は壊れやすいっていうけど、フィアットなら大丈夫よ……大衆車もたくさんつくってるし……多分……」

 

「……フィアット以外は?」

 

「……ノーコメント」

 

「お二人はなにをコソコソ話してるんです?」

 

私と椛が話していると、小悪魔は訝しげにこちらに視線を移す。

 

「なんでもないわ……それにしても、いいクルマね。妖夢のMR2に似てるって思ったけど、量産ミッドシップのパイオニアって聞いたら納得だわ。X1/9がMR2に似てるんじゃなくて、MR2がX1/9に似てるのね。……もう買っちゃったのなら、今夜どうしようかしら」

 

「あ、駆動方式は学んでおきたいです。そのあと、皆さんでX1/9の試乗なんてどうですか?」

 

「勉強熱心なのはいいことね。それじゃ、そうしましょうか。まずはFFからいきましょうかね。椛、お願いできるかしら」

 

「わかりました、アリスさん。それでは小悪魔さん、よろしくお願いします。実際に走りながら進めていきましょう」

 

 

─────

────

───

──

 

 

椛さんが助手席に座ったのを確認して、私はEK9のキーを回す。

 

「うん。今日もB16Bは調子が良さそうです。それでは、法起坊線(ほうきぼうせん)を下って、三郎清滝線(さぶろうきよたきせん)を上る形でいきましょう。左側の出口に向かってください。……小悪魔さんホンダは初めてですか?」

 

「わかりました。ホンダは初めてですね。紅魔館はマツダとロータスとアルファなので」

 

「それなら、思いきり高回転回してみてください。アリスさんから腕は聞いてます。攻めてもらって大丈夫ですよ」

 

「ええ……なんか緊張するなあ……でもせっかくですからね!徐々にペース上げていきます」

 

私はそう言って、シフトをローに入れ、クラッチを繋ぐ。

チタン製のシフトノブがひんやりしていて心地いい。

 

「……?なんか不思議な感覚ですね。ぐいっと前に引っ張られる感じ……」

 

「これが前輪駆動です。このシビックはFF、つまりフロントエンジン・フロントドライブというレイアウトですね」

 

「つまり、エンジンが前で駆動輪も前ということですか。前回はRR・FR・MR……すべて後輪駆動でした。駆動輪を後ろにしたのはたしか、前輪に操舵と駆動二つの役割を担わせるのが困難だったから……合ってます?」

 

「合ってますよ。技術の進歩に伴い、前輪で駆動も操舵も担えるようになった結果、登場したのがFFです。1980年代頃から普及し始め、一般的な乗用車はFRからFFにシフトしていきました。いまは大半の乗用車がFFです。……いま走っていて、なにか気づきませんか?」

 

私たちはいま、低速コーナー区間を走っている。

初めて乗るクルマだが……安定感がある?

流すペースだが、割と思いきってコーナーに入れる気がする。

 

「FFはおそらく初めてなんですが……安定感がありますね。まっすぐ走ろうとする感じがします。裏を返せば、動きが重いというか、ヒラヒラ走る感覚はないですね」

 

「その通りです。鉛筆をイメージしてみてください。鉛筆を後ろから押すのと、前から引っ張るの──どちらがまっすぐ前に動きます?」

 

「それは、前から引っ張る方ですよね……あっ、そういうことかあ」

 

「理屈として正しいかはわかりませんが、感覚的なニュアンスとしてはそういうことです。FFの走りにおける長所は直進安定性です。雪道に対しても、4WDの次に強いといえますね。実用性の面でもアドバンテージがあります。一番は車内空間が広くなることです。──なぜだかわかりますか?」

 

「──プロペラシャフトですかね?RRをひっくり返したと考えたら、FRみたいに『エンジンパワーを離れた駆動輪に伝達するパーツ』がいらなくなる気がします」

 

「そうなんです。そのおかげで車内が広くなります。それにくわえ、高い直進安定性──このEK9みたいなスポーツカーにもFFは存在しますが、FFの強みは実用車で一番活きるものです。現在の乗用車のほとんどがFFなのはその証明ですね。このEK9もシビック、つまり大衆車の代表格といえます。グレードを複数用意することで、実用車からスポーツカーまで一車種で対応できる──それこそがFFの本当の長所かもしれません。極端な例ですが、ピュアスポーツの代表格であり、FRで専用シャシを採用したRX-7は実用性に欠けますし」

 

「たしかにそうですね……というか、紅魔館のクルマは大体そうな気がする……私のX1/9もそうだし……」

 

「ピュアスポーツを求める人にはいいんですが、普段使いも考えるとFFを視野に入れていい気がします。FFのスポーツカーは大抵大衆車ベースなので。その分『本気度』になると見劣りするかもしれませんが」

 

トンネルを抜けて、ストレート区間に入る──そこで私は軽く車内を見渡してみる。

 

「でも、このEK9、結構内装派手じゃないですか?シートは真っ赤なセミバケ、フロアマットやドアの取っ手も赤。ステアリングも専用品ってデザインで、メーターもスポーティ……シフトノブなんてチタンだし。これ純正ですよね?」

 

私がそう言うと、椛さんは頬を掻きながら答える。

 

「はい。私のEK9はフルノーマルですから、すべて純正です。通常グレードのEK型シビックはもっと地味ですよ。……タイプRは『スポーツ』を通り越して『スパルタン』ですから、『そういうクルマ』に理解ある人じゃないと、乗り味も内装も、普段使いするには正直厳しいと思います。でもEK型シビックの場合、タイプRではなく、SiRグレード*3を選べばもっとマイルドになりますね。一般的なスポーツグレードがこのあたりに相当しますから」

 

「実用からスポーツ、そしてスパルタンの許容範囲の広さがウリなんですね。……言ってる間に下りが終わりますね」

 

「うーん、流すだけで下りが終わりそうですね。小悪魔さん、踏めそうですか?」

 

「ごめんなさい、前輪駆動は慣れないので踏むのはちょっと怖いです。流すだけでいっぱいいっぱいですね。椛さんのクルマぶつけたくないですし」

 

「無理そうなら踏まない、それが大事ですよ。小悪魔さんなら、またいつでもお貸しします。……それでは、上りの三郎清滝線に入ったところの退避スペースに寄せてもらえますか?上りは私が走らせましょう。長所は解説したので、ここからはFFの短所について。そして、FFならではのテクニックと……ホンダのVTECを体験してもらえたらと思います」

 

「わかりました。それでは上りも、よろしくお願いしますね」

*1
株式会社スカーレット貿易。ビジネスは輸入車ディーラー経営(イタリア・イギリス車)と香辛料・茶葉輸入。

*2
日産の商用車。営業車の定番。トヨタ・プロボックスが競合車種。

*3
椛はタイプR追加後のグレード体系を基準に話している。タイプR追加前のSiRは競技ベース向けグレードであり、一般的なスポーツグレードはSiR Ⅱ。タイプR追加に伴い、競技ベースグレードは廃止され、一般的なスポーツグレードがSiRになった。

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