あと1話FFが入る予定です
椛さんはシートやミラーのポジションを調整し、シフトノブを左右に動かしながら話し始める。
「さて、まずはFFの短所からですね。私はFF乗りですが、できるだけ公平な視点でお話できたらと思います。まず、FFの長所は直進安定性と言いましたが……裏返すとどうなると思います?」
私はFRの話を振り返る。
ヒラヒラと走るFRは、裏返すと不安定なレイアウトだった。
直観としても理屈としても、やはり──
「曲がりにくい?」
「まあ、その通りです。FFは曲がりにくいレイアウトでして……理屈は省きますが、基本的にFFはアクセル全開でアンダーステアが出ます。つまり、外に膨らんでいくってことですね。まあ、このあたりは後ほどお見せするテクニックでどうとでもなるというか……乗り手がFFに習熟すればいいだけです。曲がりにくさと引き換えに、安定性がありますから。もう一つの欠点──というか弱点ですね。それは、瞬間的な加速の鈍さです。小悪魔さん、静止時から加速するクルマの荷重はどう移動しますか?」
「ええと……後ろに寄りますね。RRのときは──後ろの駆動輪にエンジンが乗っかってるレイアウトで、駆動輪に荷重がいっぱいかかり、結果として加速がいい──ということは」
「そうなんです。加速するとき、前輪駆動は駆動輪に荷重がかかりにくいんです。実演しましょう。発進します」
そう言って、椛さんはクラッチを繋ぐ。
横乗りで観察するとよくわかる──たしかに、後輪駆動に比べると加速が鈍い。
「わかりましたか?これがFFの弱点です……もっとも、スポーツ走行しないとあまり関係ない話ですが。最後の欠点は、パワーです」
「パワー……ですか?」
「はい……FFは基本的に、小・中排気量で用いるレイアウトです。事情は様々でしょうが……曲がりにくいのが一番の理由だと、私は思います。FFは構造上フロントヘビーなので、大きいエンジンを積むとそれに拍車をかけますし……例外はあるでしょうけど、基本的には排気量2L以下がFFの射程、それ以上は後輪駆動か4WDになりますね」
「たしかに。私も駆動方式の話を聞いて調べたんですが、FFに大排気量のクルマはなかった気がしますね」
「そうでしょう?その代わり、実用面でも走行面でも、特に小排気量はFFが有利と言われていますね。1.6Lクラスのレースをシビックが席巻していたことからも、それはわかると思います」
「なるほど。ちなみに、FFをハイパワー化した人っているんですかね?FFにこだわって無差別級のマシンとか、ロマンじゃないです?」
「FFをハイパワー化した人は知りませんが……ハイパワー化したメーカーなら知ってます。ついでに乗ってる人も」
「……メーカーですか?純正ってことです?」
「純正ですよ、マツダの。マツダスピードアクセラっていうんですけど、これが……よくカタログモデルのグレードとして出したなというものでして……」
「……ごくり」
「……口頭で『ごくり』って言う人、私初めて見ましたよ。このマツスピアクセラ*1、FFで2.3Lターボを積んだモデルでして……264馬力出てます。ちなみに、このEK9が185馬力です。私のEK9と同世代のインテグラタイプR*2でも200馬力……それこそ、霊夢さんのワンダーが、そのインテRのエンジンに換装されてますね」
「264馬力って……曲がるんですかそれ」
「曲がりませんよ?」
「え?」
「二度言います、曲がりません。まあ、腕次第みたいですが、かなり刺激的ですよ。まさに直線番長ですね。私は怖くて踏めませんでした。うちの同僚の──射命丸のライバルって言った方が伝わりますかね──
「……私がFFに乗るときは抑えめのものにします」
「それがいいですよ……まあ、これからは電子制御で余剰パワーをカットしていく時代になると思いますが」
「え、それなら小排気量で馬力抑えめにしたほうが合理的じゃないですか?」
「まあ、これは私の主観的な予想ですが──そしてこれは、走行性能とはあまり関係ない、クルマという商品にFFを採用するときの弱点ですね──はっきり言います。FFにはステータス性がないんです」
「ステータス性……?高級車とか大衆車とか、ああいうのですか?」
「そうです。高級車の商品力の指標のひとつに、排気量とパワーがあります。使わないとしても、『ある』という事実は余裕になりますし、余裕は低回転のドライブ──つまりエグゼクティブに快適な時間を約束します。エンジンぶん回して喜ぶ人種は私たちみたいな人間くらい──大半の人からしたら、クルマは振動少なく、静かな方がいいですから。小悪魔さん、大排気量・大パワーは?」
「──後輪駆動と4WDの領分。そういうことですか……」
「そういうことです。そのため、高級フラッグシップは基本的に後輪駆動を採用します。車内空間が狭くなるのも、車体自体を大きくすれば解決しますからね。高級車だと前輪駆動のアドバンテージが薄れるんです。それに……過去に高級フラッグシップに前輪駆動を用いる試みはありました……まさにホンダは試みました……ですが……」
「うまくいかなかったんですね」
私がそう言うと、椛さんはため息をつく。
「商業的に成功したとは、お世辞にも言えませんね。全然売れなかったわけではありませんが、市場の流れを変えるには至らなかったのは事実だと思います。しかし、大衆車のほとんどはFFですし、プラットフォームを共通化してコストカットを図りたいのがメーカーの本音でしょう。『高級車は後輪駆動』の図式は、FFしか知らない新しい世代がこれから塗り替えていくと思いますが……では、技術面はどうでしょう。高級車では大排気量・大馬力が商品力になります。小悪魔さんだったらどうします?FFで高級車をつくるなら」
「……まず、大きいエンジンを積みます。でもパワーが出過ぎると、曲がりにくいFFでは危険……だから実走行ではパワーカットして、操縦には電子制御を介入させますかね」
「私もそうなっていくと思いますよ。かつてのFFはステアリングの重さが難点でしたが、それもパワステの発達で解決しましたし──同じように課題をクリアしていくと思います。一見無駄な遠回りですが、メーカーとしてはプラットフォームを共通化できて合理的──パワーカットを無駄と自分が思うのなら、はじめから小排気量の大衆車を買えばいいと、私は考えます。必要とするものは人それぞれですからね」
それを聞いて、私はお嬢様のエピソードを思い出す。
「たしかに、レミリアお嬢様はロータス・エリーゼを遊び車にしていますが、外界でのフォーマルはアルファロメオ・ブレラですね。『私自身はエリーゼでも構わないけど、内装がチープだからね。ロータスを知らないやつにはナメられるの。だから移動はフラッグシップのアルファロメオ・ブレラ、その最上級V6グレードなのよ。社交はメンツが言語──馬鹿馬鹿しいかもだけど、茶番も楽しんでこそ一流よ』と言われてました」
「レミリアさんらしいエピソードですねえ……私には未知の世界ですが、そういうことですよ。それでは、ここからはFFのテクニックとVTECをご紹介しましょう」
「三郎清滝線も後半ですね。よろしくお願いします」