よろしくお願いします
弔鐘
冥界ハイウェイの事故から半年が過ぎた。
事故から四十八日の間、幻想郷にエキゾーストノートが響くことはなかった。
四十九日目、冥界ハイウェイに幻想郷中のクルマが集まり、隊列をなして夜通しエキゾーストを響かせた。
亡霊の姫君と境目に潜む賢者は、白玉楼よりその光の大群を、一晩中見つめていたという。
五十日目、幻想郷の走り屋
しかし、その誰もが、やるせない思いを抱えて走る。
誰もが突き動かされていた。
誰もが走る
そしてその誰もが──降りるきっかけを探している。
霧雨魔理沙の死から、半年が過ぎていた──
─────
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──
「咲夜……また来てくれたのね」
魔法の森──午前十一時半
アリス・マーガトロイドは、十六夜咲夜が花を供え、祈り終えるのを待ってから、声をかけた。
アリスが咲夜の姿を見かけてから、半時ほどが過ぎていた。
本当は、三十分ではとても足りないのだろう、とアリスは思う。
祈っていた咲夜の姿が、不自然に揺らいだから──私がいるのに気づき、待たせないために、残りは時を止めて祈っていたのだろう──アリスはそう推察するが、口には出さない。
「アリス……ええ。今日は魔理沙の月命日だから」
そう言って、咲夜はあらためて墓碑を見やる。
「普通の魔法使い」霧雨魔理沙
はるか流星 みつめる先に
その速さは 我が手のうちに
不敗神話のRとともに ここに眠る
刻まれた墓碑銘の「R」を、咲夜はそっと指先でなぞる。
「……魔法の森の
「ありがとう、アリス。お邪魔するわね」
咲夜はそう言って、もう一度だけ魔理沙の墓を振り向き、アリスと連れ立って歩き始めた。
「おいしかったよ、アリス。ありがとう」
咲夜はそう言って、ナイフとフォークを置く。
いつのまにか、口調がくだけている。
すこし紅魔館とクルマから離れて、私の家でなにかお腹に入れて──気持ちがほぐれたのだろうか。
そうだったらいい──そう思いながら、私は口を開く。
「咲夜、あなた痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?」
「……アリスにはごまかせないね。正直、あんまり。お嬢様のお食事はちゃんと用意してるけど、自分の分は、ね。残飯にしちゃうともったいないし」
「そんなことだと思った。あなたのことは子供の頃から知ってるんだから、気づいて当たり前よ。はい、食後のコーヒー」
私はそう言って、二人分のマグカップを置く。
「ありがとう、アリス。コーヒーなんて久々かも。うちじゃ美鈴しか飲まないし……なんか入れた?甘いけど、知らない味がする」
咲夜が問うたので、私は緑色の小瓶を差し出す。
これに気づくとは、さすがメイド長の味覚だと私は思う。
「栄養補助の魔法薬よ。私がまだ捨食の法を身につけてなかった頃に使っててね。魔理沙が研究に没頭してるときに差し入れてたの。その在庫よ。飲み物に入れても大丈夫だから、食べられないときはこれを使いなさい。使いすぎはダメだからね。……あなた、暇があるときはずっとエンジン組み直してるんでしょ」
「……どうしてわかるの?」
「手。出してみなさい」
差し出された咲夜の手を見つめて、私はため息をつく。
「……オイルの汚れがかすかに残ってるし、指先もボロボロ。これなら誰が見てもわかるわ。手のひらだって固くなってる。あなた、オフはずっとエンジン組み直してるか、走ってるかなんでしょ?そのうち倒れるわよ」
「アリスには関係ないじゃん」
私に指摘されると、咲夜は目を伏せ口をとがらせる。
──ここまで子供らしい仕草をするってことは、最近はずっと張り詰めていたのかもしれない。
「……13B一基組むのに、いまどのくらいかかる?」
「……早くて一晩。試行錯誤しても三日」
「やっぱりね……半年前は自分で組めなかったのに、もうそのペースで組めるなんて。たしかにロータリーは組むだけなら簡単だけど……ちゃんと『走れる』んでしょ?」
「うん……最初は数キロでエンジンブローしてたけど、いまなら250馬力で10万キロは持つ13Bが組めるようになったよ」
「独学でそれなんだものね……どれだけ組み直したか、想像するのも難しいわ……」
──私はそう言いながら、レミリアからの手紙を頭の中で読み返す──これは多分説得は無理だぞ、と思いながら。
咲夜がこうなったら頑固な子だってことは、レミリア自身にもわかってるだろう、とも。
「咲夜、魔理沙の事故はあなたのせいじゃない」
そう言えたら、どれだけ楽か。
あの夜から咲夜は、パワーに取り憑かれてしまっている。
圧倒的なパワーとトルク──それさえあれば、魔理沙を止められたのに──モアパワー、モアトルク──咲夜はずっと、FCの350馬力を悔いている。
咲夜はあれから、無茶なブーストアップを繰り返し、最後は高速走行中にエンジンブロー──そのまま危うくクラッシュしかけた。
それを機に、美鈴は咲夜のFCに触らなくなり、最近は紅魔館で姿を見ないという。
レミリアはいつも「クルマは楽しくやりましょう?何だって買ってあげるから、チューニングからは手を引きましょう?」と咲夜を優しく諭しているらしいが、咲夜は聞く耳を持たない。
あの「お嬢様」の言うことを聞かないのだから、相当魔理沙の死が堪えたのだろう──あの事故は幻想郷中が悲しみに沈む出来事だった──それだけ魔理沙は、人妖問わず愛されていたのだ。
しかし、一番ショックだったのは、止めようと動いた咲夜だと、私は思う。
あの事故以来、霊夢も行方知れずだ。
もっとも、八雲紫が動く気配を見せないため、居場所は把握しているのだろう──気にはかかるが、咲夜が優先だ。
東風谷早苗については、私のところにはあまり情報が入っていない。
咲夜はあのとき初対面だったみたいだし、こっちはノータッチでいいだろう。
レミリア──この子はそろそろ、真実を知るべきなのかもしれない──
「──咲夜。近いうちに首都高に上がりましょうか」
「首都高──アリスと?」
「そう──私の運転で。あなたがエンジンを組み直してる理由はわかるわ。なぜモアパワーにこだわるのかも──魔理沙を『連れて』いきたいんでしょ?」
「……うん。魔理沙はさ、首都高湾岸線を目標にしてたから。『いつか私は湾岸線で最速になるんだ』って息巻いてたから──だから私が──」
「──咲夜。首都高にその気持ちで臨めば、あなた死ぬわよ。間違いなく。だから──」
「──私は、死なない。あの夜、魔理沙に誓ったから」
「待ちなさい、咲夜。人の話は最後まで聞くものよ。──だから、まずは私の助手席で首都高に上がりなさい。そして、『自分のための』走る理由を探しなさい。魔理沙の死がなければ、あなたは首都高に上がらなかった。それじゃダメなの。その気持ちで首都高を走れば命を落とすわ──レミリアは私に何度もそう言った。──かつて首都高最速となった、伝説自身がそう言ったの。聞いておくものよ」
「お嬢様が──首都高最速?」
「そう、五年前のね。その話は、いまはここまで。スピードの真実は走りの中でしか、本当の意味ではわからないから。……FCのパワーアップはそれからでも遅くないわ。だから、FCに乗るなら、250馬力で組み直してからにしなさい。必要なら私のアルピーヌに乗って帰っていいし、私の家に泊まっていってもいいわ。タイミングを見て首都高に上がるから、それまで無茶はしないこと。いいわね?」
「……わかった。そこまで言うなら、ちゃんと言う事聞くよ、アリス」
「いい子ね、咲夜」
私はそう言って、咲夜を抱きしめた。
そしてそのまま咲夜の頭を撫でる。
「……ずっと私のせいだと思ってた。でも、13Bを組み直すたび、だんだんロータリーが怖くなっていく自分がいたの。そして、ロータリーとクルマを嫌いになってしまいそうで──それが本当に辛かった」
咲夜はそう言って泣きだす。
私は黙って受けとめながら、同時に、あれからずっと疑問だったことを考えていた。
事故の夜、魔理沙のGT-Rは大破炎上──スクラップ状態だったはずだが、その行方はわかっていない。
廃車になったマシンは無縁塚に捨てられるのが幻想郷の慣例だ。
せめてRのパーツをなにかひとつでも一緒に埋めてやろうと思い、危険を承知で無縁塚を訪れたのだが──魔理沙のGT-Rはボルト一本すらそこにはなかったのだ。
もう一つ引っかかるのが、Rから引っ張り出された魔理沙の遺体だ。
正直欠損が激しく、目視では本人か判別できないレベルだった。
そのため、永遠亭が検死を担当、結果として霧雨魔理沙の遺体として間違いないとの結論は出ているのだが──尋常ではない魔力の痕跡が残されていた。
永遠亭は魔法のプロではないし、パチュリーは遺体を確認していない以上、おそらく気づいたのは私だけだろう。
魔理沙自身の魔力の可能性はないわけではないが、その可能性は限りなく低い。
あの子はあくまで「魔法が使える人間」という意味の魔法使いであり、「人間ではない」魔女のパチュリーや私とは根本的に異なる。
あの遺体の痕跡は人間で持てる魔力量ではない。
なにか引っかかる──だが、遺体自体は私も検死してみたが、間違いなく霧雨魔理沙本人だ──
私は疑問を秘めたまま、咲夜を抱きしめ続けていた。