いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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アッシュ

滋賀県某所、山中の国道沿い──午前二時半

 

ハイフラッシュツートンのカローラレビンが、ぽつんと山中に佇むコンビニに入り──紅白ツートンのワンダーシビックの隣に駐車する。

 

レビンのナンバーは京都ナンバー……どうやら、かつての鯖街道を北上してきたらしい。

レビンから長い白髪の女性が降りたち、店内に入る。

缶コーヒーを二本買って、コンビニのスタンド灰皿へ──灰皿の前に立っている女性に、缶コーヒーを手渡す。

 

「ここいらまでくると冷える。ここは北陸より雪が早いくらいなんだ。……飲みなよ」

 

黒髪の少女は受け取り、礼を言う。

 

「ありがと、妹紅……火、貸して」

 

妹紅と呼ばれた女性は店内から見えないように、指先から発火させ──妖術の類だろうか──黒髪の少女がくわえたセブンスターと、自分の口元のセブンスターに火を灯す。

 

「──私の煙草を持ってくのはいいが、ほどほどにしてくれ。昔より煙草も高くなってるからさ。いまさら喫煙にどうこう言うつもりはないけど、体に悪い──そうだろ?霊夢」

 

「──汚せる肺があるだけ十分。私はそう思うの。それに、私には煙草売ってくれないから」

 

「昔よりそこらへんはうるさくなってるからな。お前の偽造免許証、ご丁寧に未成年の生年月日だし。……紫は多分いい顔しないと思うよ」

 

「ほっといて。連れ戻しに来ないってことは、黙認してるも同じよ。あいつなら私の居場所に気づいてるだろうし、来ないってことはそういうことよ」

 

妹紅は言葉の代わりに、煙を吐き出すことで返事とする。

 

 

運送の仕事で阪神高速のPAに立ち寄ったとき、環状でときどき見ていたワンダーが目に入った──それが半年前だと、妹紅は回顧する。

 

警察に止められて、少女が苛立ち紛れに受け答えをしていた。

そんな環状仕様のワンダー、府警に見つかれば絶対「無料車検コース」、運がなかったな──そう思って見過ごそうとしたが、それは妹紅の知った顔だった。

 

なぜ博麗霊夢が──そう思いながら妹紅はかつての舎弟分に「すこし環状で暴れて警察の目を引きつけろ」と携帯で指示を出し、警察官二人組に声をかけた。

 

霊夢を助ける気持ちがなかったわけではないが、それ以上に警察官の身を案じた結果だ。

霊夢から漏れ出す巫力は沸騰寸前──最悪、「行動」に移しかねない──妹紅はそう判断したのである。

 

聞けば、霊夢は巫女仕事をほっぽりだして外界に出てきたらしい。

ワンダーの車内で寝泊まりし、夜な夜な環状に上がっていたと言う。

理由は頑なに話さなかったが、修行に不真面目とはいえ、異変解決と結界の管理は怠らなかった霊夢が職務放棄──妹紅はなにか理由があるのだろうと思い、京都市内の自宅兼事務所に霊夢を寝泊まりさせることにした。

 

不都合があれば八雲紫が来るだろう──そう思ううちに、半年ほどが過ぎていた。

 

 

「──道中、鹿を見なかったんだ」

 

妹紅は唐突に言う──無言の時間を過ごすうち、セブンスターのソフトパックは平たくなってしまっていた。

 

「鹿?鹿がなんだっていうのよ」

 

「霊夢は来るとき、鹿を見たか?」

 

「……見てない」

 

妹紅はしばし黙考し、まだ火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し込む。

 

「行こう、霊夢。ここらはいつも鹿がいるんだが、いない夜は死者の夜だ。こういう夜の(やま)に長居すると、大抵良くないオチがつく。……まだ帰りたくないなら、京都まで下ってからにしよう」

 

「……わかった、いきましょう。私が先行するわ」

 

霊夢はそう言ってワンダーに乗り込み、エンジンをかける。

ひどく聞き分けがよく「なってしまった」──妹紅はそう思いながら、レビンのキーを回す。

 

以前はもっと減らず口のクソガキだったはずなんだが──多分、私が幻想郷から離れている間に、霊夢の内面を大人にしてしまうなにかが起きたのだろう。

 

不老不死の蓬莱人からすれば、霊夢の一生など刹那に等しい──ゆえに軽いというわけではないが──霊夢の人生に立ち入る権利が私にあるのか?

妹紅はそう思いながら、セブンスターに火をつけ、レビンのクラッチを繋いだ。

 

 

分厚い雲が、かつて若狭街道と呼ばれた国道の空を覆い尽くしている。

フロントガラス越しに妹紅が見つめる山々は、淵黙(えんもく)にワンダーとレビンを見下ろしている。

鈍重な雲に、頭をおさえつけられている──そうして頚椎から沈められ、窒息しているように──妹紅は山々の胸中を、推し量る。

 

妹紅の目に映るものはすべて有限の存在──くわえた煙草も、山も雲も、月も空も、レビンもワンダーも──そして、博麗霊夢も。

終わりなき存在は、我が目に映らぬ己のみ──無限性の圧倒的な孤独──

 

同じ蓬莱人として日夜殺し合った蓬莱山輝夜を思う──輝夜がいなくなってしまったら、私は生きていられるのだろうか、と。

生者にとっての死と喪失を、妹紅はわかろうとする──博麗霊夢の走りには、死と喪失の香りが漂う。

 

クルマは失うことで速くなる。

エアコンを外す、オーディオを外す──軽さを失い、速くなる。

サスペンションを硬くする──快適性を失い、速くなる。

エンジンに手をいれる、タービンを大きくする──寿命を失い、速くなる。

 

人は逆だ。

失うことで重く──それでいて、速くなる。

人は失うことでしか、なにかを引き換えにすることでしか、本当の速さを得ることはできない。

 

金さえかければ、クルマは何も失うことなく速くなる。

だが──人は失わなければ、速くはなれない。

何も失いたくない──そう願う限り、人はそれ以上速くはなれない。

それは生きること、そして、公道で走ることも同じだ。

速くない乗り手に、クルマを速く走らせることはできない──

 

霊夢の走りはおそろしくスムーズだと、妹紅は思う。

行き場のないエネルギーを環状にぶつけるような──にとりにそう聞いていたが、実際の印象は違う。

にとりが嘘を言ったとは思わない。

多分、なにかが変わったのだろう。

 

──この子は死に場所を探している。

──届かない誰かを追っている。

その「誰か」が選んだ走りの中で死ぬ──悲痛な決意が、ワンダーの後ろ姿に映りこむ──

 

霊夢──お前は──一体誰を──

妹紅はそこで、思考を打ち切る。

有限の存在の都合に立ち入るのは、蓬莱人としての自分のルールに反する──そう思ったからだ。

 

二台は京都、大原を過ぎる。

三千院の看板を、霊夢はVTECサウンドで殴りつける。

妹紅は灰が落ち、フィルターが燃えるのも構わず、紅白ワンダーの背中を見つめ続けていた。

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