首都高速1号羽田線──午前三時
「湾岸から1号……C1方面ね。悪くないと思うよ。たしかに、FDなら
羽田線を東京方面に向かって疾走する、ヴィンテージレッドのFD3S型RX-7──それを追うは、ブラックパールのR34型スカイラインGT-R。
「あなたはここで
FDは持ち前のコーナリング性能を活かして逃げる──レスポンス重視の400馬力ツインターボ仕様の13Bなら、このバンピーな路面でも踏んでいける──浜崎橋JCTでC1入り──そうすれば、あのRを振りきれる──ドライバーは祈りながら、FDのアクセルペダルを踏みつける。
ケタ違いの怪物に出会ってしまった。
首都高には魔が棲む──今夜は『本物』が出そうだからよ、降りて茶店としけこもうや──仲間の忠告に従って、下道に降りておけばよかった──FDのドライバーは悔いる。
だが、どれだけ悔いたところで、もう遅い。
いまさら神に祈ったところで、遅すぎる。
──あの悪魔の前では、どんな神でも居留守を決めこむ。
バックミラーいっぱいに、Rのヘッドライトが映りこむ──拍動はレッドゾーン、脊椎に直接クーラント液を流し込まれた心地がする。
「そろそろ首都高はやばいぜ。もう降りた方がいい」
仲間の言葉が頭をよぎる。
走り屋なら
やめろ──やめてくれ──お願いだから──
FDのドライバーはステアリングを強く握りしめる。
前方に二台の一般車──FDのC1仕様の足回りならすり抜けられる──おそらくあの34Rは湾岸仕様、この狭くバンピーな羽田線で踏めているだけ奇跡──いけるか──いってくれ──
一般車をすり抜けようと、FDのドライバーはアクセルをにじませる。
そのとき、右のリアを衝撃が襲った。
──はずみでアクセルを踏み込みすぎた結果、FDはたちまちスピンモードへ。
左リアを側壁にヒット──景色が止まって見える──ドライバーは呆然と口を開いたまま、どうすることもできない。
34Rは軽く右のリアを振り出し、トランク右隅をFDの運転席側のドアに打ちこむ──FDはそのまま、車体側面を壁と平行に打ちつけて停車。
34Rは何事もなかったかのように走り去っていった──
「首都高速1号羽田線にて事故発生──事故車両はRX-7、色は赤。運転手は重体、救急隊の手配願う」
「事故車両は黒色のスカイラインGT-Rと走行していたとの目撃情報あり。違法競争型暴走族*1と思われる。羽田線、および横羽線各出入口に検問配置急げ」
34Rの車載スピーカーは、傍受した警察無線を次から次へとがなりたてる。
ステアリングを握る金髪の少女は、冷めた目で都会の灯りを見つめながら、浜崎橋JCTからC1外回りへと舵を切る。
ほとぼりが冷めるまで副都心方面に身を潜めるつもりのようだ。
「戦後」という言葉がある。
しかしそれは「戦間期」とも言いかえられる──次の戦争が起きてしまえば、後世の歴史家は我々の「戦後」を「戦間期」と呼ぶだろう。
平和はいつも不確かで、力ある者によって軽薄に引き裂かれる。
この半年──首都高では劇的なペースで違法競争型暴走族による交通事故が増加していた。
警◯庁と県警は共同で対策本部を設置したが、いまだ抜本的な解決には至っていない。
首都高の「走り」が合法であったことは、かつて一度もない。
だが、そこには一定の線引があった。
緊張したバランスの上に成り立つ走りの秩序──それを、たった一台のR34型スカイラインGT-Rが壊してしまった。
その34Rは黒色だった──不運にも遭遇し、生き残った者は言う。
望んで遭遇し、そして運良く生き残った者は言う──赤色だった、と。
そして五年前を知る者は言う──俺はあのRのことも、そのドライバーが誰なのかも知らない。だが──その走りはスポイラーレスだった頃の、ある紅のスープラとひどく重なる──
壊すことでしか満たされない、秘めておくことなどできはしない──血を流すことで、あなたが走りを降りたなら──
黒色とも赤色とも、はたまた紅ともいわれるR34型スカイラインGT-R──そのドライバーの名は──フランドール・スカーレット──