「約束通り、FCのパワーは落としてきたみたいね。ロータリーは久々に乗ったけど……咲夜、あなたらしい13Bターボだわ。シャープで芯が強く感じるのに、乗り手に優しい出力特性。曲げはしない、でも頑固じゃない……綺麗に大人しくロータリーを楽しみたい人はきっと、あなたのエンジンを気に入ると思う。……いい子ね、咲夜」
「買いかぶりすぎだよ。本当は迷ったんだけど、アリスと約束してたから。……それはいいの。アリス、どこを案内してくれるの?」
咲夜は目を横にそらしながら、すこし口を突き出し気味に言う。
咲夜が照れているときの癖──出会って五年、背もずいぶん伸びたが、こういうところは全然変わっていない。
迷ったが──私はあの日の直感を信じることにした。
魔理沙の月命日、咲夜が本音をこぼした日の直感を。
咲夜は帰ってきた──「十六夜咲夜」が始まった場所に。
ここは東京──首都高速道路。
辰巳第一PA──午後十一時
「今夜は首都高の二大ステージ、C1と湾岸線を見ていきましょう。いま私たちがいる
「正直、あんまり……」
「まあ、そうよね……ざっくり言えば、今いる東京臨海地域から北西に都心入りして、ぐるぐる回って南西へ。再び臨海地域に戻って、北東に走るルートよ。とりあえずいきましょう。乗って」
私はそう言って、FCの運転席へ。
咲夜も助手席に乗り込む。
以前純正だったシートが両方社外のフルバケに変わっているのは、咲夜なりの決意だろうかと、私はあらためて思う。
咲夜の趣味なら、おそらくR社のシートだろう。
だが、これはS社のシート……魔理沙が「これが必要になるくらいのスピードに到達したら使いたい」と目標にしていたシートだ。
ステアリングもM社のものに変えられている。
……咲夜なら多分、N社のシックなデザインの方が好みだろう。
これも、魔理沙の影響か。
FCの馬力は下げられた──だが、コクピットの各所に咲夜の気持ちが見える。
いまはまだ、焦らなくていい──いまはまだ、誰かのために走るあなたでいい。
このFCに触れて、私はいま、そう思う。
シフトをローへ──アクセルを煽り、クラッチを繋ぐ──
シフトの入り方ひとつで、よく整備されているとわかる。
クラッチから聞こえるFCの脈動がクリアだ。
咲夜は本当は、非合法なチューンドと公道の夜に生きるべきではないのかもしれない。
この子ならきっと、ドライバーとしてもメカとしても、陽のあたる場所で生きていける──私は、そんな気持ちを呑み込んで、FCを発進させた。
─────
「さっきの辰巳第一を出て最初が、この9号深川線よ。ここからC1までは穏やかな流れね。C1までは箱崎と江戸橋、二つのJCTを経由するけど、どちらも分岐は左側。辰巳第一スタートなら、この区間を流して自分とFCのコンディションを確かめるのもいいと思うわ」
私はアリスの言葉を聞きながら、徐々に近づく都心のビル群を見つめていた。
あの灯りのひとつひとつに、人間の営みがある──幻想郷の人口なんて、あの大きなビルひとつにすっぽりおさまってしまいそうだ。
これが東京──初めて訪れたはずなのに、ひどく懐かしい気持ちになるのはなぜ?
この9号深川線のテンポが、どこか冥界ハイウェイに似てるからだろうか。
「アリス──これが首都高なんだね。初めて来た気がしない──冥界ハイウェイに似てるからかな」
「えっ?──そうね。たしかに、9号の雰囲気は冥界ハイウェイに似てるかもしれないわ。車線数も幅も違うけど、コーナーの感じはあそこにそっくり」
「私──初めて走る首都高が9号からでよかった。ここなら、魔理沙と走り出した気持ちになれるから。……変かな、アリス」
「あなたが真剣に言ったことを、私が笑ったことがあったかしら?──それに、首都高を走る以上、そういう気持ちは大事よ。心の拠り所は、どれだけ小さくても信じていくこと──そろそろ箱崎JCTね。車線数が減るから気をつけて」
箱崎JCTにさしかかるあたりで、車線は左側の一本だけになる。
ゼブラゾーンが左右に切ってあるから道路幅自体は幾分か広いが、ここは難所になるだろう。
左コーナー自体のR*1も厳しい。
冥界ハイウェイにはJCTがない──環状を走っている霊夢はさておき、外界の高速道路を知らない私にとって最初の関門はこのJCTになりそうだ。
「ここから6号向島線。車線数は三つに増えるわ。一車線から三車線になる合流がキモね。左側をキープするか、右二車線に飛び出すか……すぐに江戸橋JCTからC1入りがあるのもポイント。車線の選択でこの区間のスピードは変わるけど、最後は分岐に合わせた車線に戻らないといけないからね」
「わかったよ、アリス……このあたりは一気に
「そうね。ただ、その立ち上がりに分岐があるの。これが江戸橋JCT……C1は外回りなら左側一車線、内回りなら右側二車線に入ることになるわ。分岐までの距離と、JCTの混雑を予測してコントロールするのが特に大事」
「そうだね。特に外回りだと一車線だし……ああ、やっぱりJCTは一車線のタイトな左コーナーなんだ」
ゼブラゾーンを駆使すれば隙間を縫っていけるが、難しそうだ。
聞いた話ではあるが、霊夢ならおそらくすり抜けるだろう。
「そしてC1入り……右側からも合流があるから気をつけて。その後さらに右側から合流、一車線から三車線まで膨らむわ。この先の京橋JCTまではそのまま三車線ね。そこを越えたらタイトな銀座……なんだけど……」
アリスがバックミラーをちらりと見る。
「どうしたの?アリス」
私がそう言うと同時に、左側のドアミラーがキラリと光った。
─────
──パッシングされている。
こんな時間にセブンでC1を流してれば絡まれもするか、と私は心のなかでため息をつく。
リトラクタブルのクルマだ……
違うな、一回り大きい。
70のスープラ、雰囲気からして最高速系の走り屋だ。
3Lの7Mエンジン……いや、2.5Lの1Jだろうか。
おそらく400馬力は乗せている。
湾岸アタックには時間が早すぎるから、C1を流してカモを探していたというところだろうか。
タイトなC1でロータリーは強い。
FD相手だと
このFCは関東のナンバーじゃないし、余所者ならなおさら──そう考えていると、スープラが一度横に並んで後ろに下がり、煽りながらパッシングしてくる。
「アリス、見た?いまの……ブッサイクだったね。70スープラってクルマの趣味はいい癖に、顔面の趣味は最悪ね」
「咲夜、そういうのは思ってても言っちゃだめよ……でも、ちょっとあのニヤケ顔は腹立つわよね」
女だからって馬鹿にしてるんだろう。
ついでに腕を見せつけて、あわよくばナンパってとこか。
……時間は早いけど、ここはC1。
そして私たちが乗っているのはRX-7……下品な輩に譲る道理はない。
「咲夜、ここからは実戦形式でいきましょうか。これから首都高でやっていくなら、『挨拶』は大事よね」
話している間に
腕のわからない相手と銀座の橋脚区間から始めたくはなかったが、このあたりからならいいだろう。
汐留S字で腕も見極められる。
「やっちゃってよ、アリス。あんな下品な奴らの網膜に私のFCを映しておくなんて屈辱よ」
……この罵倒のボキャブラリーの豊富さは、多分レミリアとパチュリーの影響だろう。
私は咲夜の「成長」に苦笑しながら、ハザードを焚き、シフトダウンした──