いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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星間旅行の孤独

C1周回も二周目に入った。

これが東京──首都高C1──

 

フロントガラスに映る景色からビルが消えることはなく、そのひとつひとつに人の営みがまたたいている。

まるで宇宙みたいだ、と私は思う。

窓から漏れるひとつひとつの光が夜空の星で、ビル一棟がひとつの銀河。

その隙間を魚のように泳ぐ私たちのFCは、昔観たSF映画の宇宙船と同じだ。

星間旅行の孤独──この街はこんなにも人に溢れているのに、幻想郷よりも寂しく感じるのはなぜだろう。

 

……映画?

私が紅魔館でSF映画なんて観たことあっただろうか?

 

ポップコーンを抱えてスクリーンに心を奪われる幼い私──このイメージは何?

美鈴と映画館に行ったことはある──だが、あのときじゃない。

私は記憶の視点を右に向ける──顔が見えない、だけど、美鈴の赤髪じゃない。

あなたは──誰?

 

「──このあたりが国会議事堂ね。近くに国会図書館っていう大きな図書館もあるの……って、咲夜?どうかした?」

 

アリスの心配そうな声で、私の意識はC1に引き戻される。

いまは三宅坂(みやけざか)JCTを過ぎたあたり──永田町から皇居の外縁をまわっていく区間か。

 

「なんでもないよ、アリス。……昔、誰かとSF映画を観た気がするの。私は紅魔館に来る前の記憶がないから、それが誰なのかわからないけど。……ねえアリス。東京って、なんだか寂しい街だね」

 

「それは──そうね。私は外界に来ると東京に立ち寄るけど、この街は寂しさを抱えてると思う。あらゆる『幻想』を切り離していって……そうして残ったものがこの景色。私たちの幻想郷はこの街が捨てていったものでつくられているともいえるし、この街は幻想郷が捨てていったものでできているともいえる……どっちがいいのかわからないけど」

 

「そうだよね。モノの豊かさは東京(こっち)なんだろうなって思う。C1をぐるりとするだけでも、幻想郷にはないクルマとすれ違う……フェラーリ、ランボルギーニ……あれ?アリス、いますれ違ったクルマは何?紫に赤いストライプの派手なやつ」

 

「あれ?あれはたしか……バイパーかしらね。ダッジ・バイパー。アメリカのスポーツカーよ。私も詳しくはないけれど、たしか8Lを超えるV10エンジンで、ノンターボ600馬力くらいだったかしらね」

 

600馬力……魔理沙が言ってたっけ。

湾岸線最速を目指すなら600馬力は欲しい、RB26エンジンなら600馬力に耐えられる……だからGT-Rは湾岸の帝王なんだ、って。

 

「……魔理沙が好きそうなクルマだね」

 

私はぽつりとこぼす。

 

「そうね……魔理沙は多分、外車ならアメ車が好きでしょうね。大きくてパワフルだし。シボレー・カマロとか、今度出るらしいダッジ・チャレンジャーあたり、デザインも魔理沙好みよね。……咲夜は、外車には興味ないの?」

 

アリスは私の胸中を汲み取って、話をわざと逸らしてくれてる。

魔理沙のことをつい話してしまうが、話すとツラくなる私がいる。

アリスはそういう気遣いがうまい。

目に入った「銀座」や「丸の内」という地名を見て、ここにはアリスみたいな大人がたくさんいるんだろうな、と思いながら口を開く。

 

「そうだね……私はロータリーが好きだから、正直外車はあまり興味ないかな。国単位なら、フランスとドイツ。お嬢様方には申し訳ないけど、私はイギリス車とイタリア車はあんまり」

 

「フランス車が入ってて私は嬉しいわ。ドイツ車は……やっぱり『プアマンズポルシェ』?」

 

「そうだね……かつてFCが『貧乏人の(プアマンズ)ポルシェ』って言われてたから、意識するところあるかも。でも、ロータリーがドイツ生まれ*1っていうのが、一番大きいかな。あとは……そうね、外車の中で一番『遊び』の要素がないところかな。その点、やっぱりお嬢様方は妖怪なんだな、って思う」

 

「そうねえ……幻想郷の妖怪たちの中でも、紅魔館は特に享楽主義というか……イギリス車とイタリア車が大多数ってすごいわよね。格式はあるけど、それ以上に趣味色が強い世界……まあ、当主がレミリアってあたりそうなるわよね」

 

「パチュリー様なんて、小悪魔にTVR買わせようとしてたよ」

 

「そう言いながら、自分はロータスなあたりがちゃっかりしてるわよね。フィアット・X1/9を買う小悪魔もなかなかだけど……さて、そろそろC1はおしまい。浜崎橋JCTを左に分岐して、羽田方面にいくわよ」

 

 

─────

────

───

──

 

 

「綺麗な橋だね、アリス」

 

「やっぱりここの夜景は素敵よね……ここがレインボーブリッジよ」

 

「封鎖されないの?」

 

咲夜がくすくす笑いながら私に問う。

そういえばレミリアが一時期あのドラマにハマってたっけ。

 

「あれは映画の中だけよ。……レミリア、あなたの前では隠してるんじゃなかったの?」

 

「お嬢様がテレビ好きってこと?……私、お嬢様が火曜日の夜になるといつもそわそわしてるから気づいちゃった。だから私、気を利かせて番組始まるまでにはお皿を下げるようにしてるの。私が気づいてることなんて、お嬢様はとっくにお見通しだろうけど、あるじゃん、そういうの。バレてるとわかってても隠しておきたい秘密って」

 

「大人になったのね、咲夜」

 

「私はずっと前から大人だよ。アリスが知らないだけ」

 

「そういうとこはまだちょっと子供かなー」

 

私がからかうと、咲夜は「うるさい」と言ってそっぽを向く。

 

五年前、咲夜を紅魔館で引き取ったとき、レミリアが「人間の子供なんてどう接したらいいかわからない」ってこぼしてたっけ。

パチュリーの友人として出入りしていた「元人間」の私を頼ったくらいだから、相当参ってたんだと思う。

 

レミリアはずいぶん人格が丸くなった。

それは咲夜との関わりもあるだろうが──五年前の首都高の走りに端を発していると、私は思う。

「あの」レミリアが人間の子供を引き取ると聞いたときは驚いたものだ。

 

走りとそして──横羽線の事故が、レミリアを大人にしてしまった。

咲夜が大人になった理由も同じ──それは良いことなんだろうか。

私は咲夜の成長を嬉しく思う──だが、大人になっていくきっかけは、いつだって残酷なものに私は思う。

捨虫の法によって不老となった私には、「大人になる」ことの痛みの本質はわからないのかもしれない。

 

そんなことを考えている間に、次の分岐に差しかかっていた。

右に車線が生えてきている。

 

「咲夜、ここが有明(ありあけ)JCTよ。どちらも入る路線は同じ。左が東行き、右が西行きね。今回は辰巳第一に戻るから、左の分岐に入るわ」

 

私はFCをそのまま直進させる。

今夜は辰巳第一PAに直接出してもらったから、これが「十六夜咲夜」としては初めてか。

この先は湾岸線──最高速の聖地──

*1
世界初のロータリー搭載車はドイツのNSU社。NSUはフォルクスワーゲン傘下に入った後、最終的に現在のアウディの一部になった。

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