いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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渇き

1976年、供用開始。

1994年、全区間開通。

 

東京湾を神奈川から千葉まで結ぶ新たな道路。

その登場を機に、東名でオーバーヒートした最高速ランナーたちのステージは首都高へ移る。

 

スピードという麻薬にヤラれた中毒者(ジャンキー)たちは、そこに潜む魔に抗うことができない。

 

ある者は言った「ここだけは特別なんだ」

ある者は言った「ここだけが俺のすべてだ」

ある者は言った「ここまで来たら、引き返せない」

 

ここの夜は、幾人もの時間と金、地位と名誉、そして命を呑みこんできた。

愚か者たちの終着点。

すべてを差し出さなくては届かない、だが得られるものはなにもない──そこの夜には魔があるという──

 

その名は首都高湾岸線──

 

 

 

─────

 

 

 

「ここが湾岸線──」

 

魔理沙が焦がれ、レミリアお嬢様が伝説を刻んだ最高速の聖地(メッカ)──

 

「正直、拍子抜けなんじゃない?海底トンネルと橋で高低差はあるけれど、設計速度自体は80km/h、車線数は三つ……まあ、一般的な高速道路のレイアウトよね。スリル自体は急勾配とコーナーがある冥界ハイウェイの方が上……違う?」

 

アリスの言葉を受けて、私はぐっと顎を引く。

聞いていたほどの高揚感は正直なところ、ない。

 

「まあ──そうだね。冥界ハイウェイと違って一般車は多いけど、大体がトラック──プロドライバーだらけ。レイアウトもひたすらまっすぐで……本音を言えば、C1の方が『それっぽい』気がする」

 

このレイアウトなら魔理沙は死なずに済んだのだろうか──やめよう、暗い気持ちになってしまう。

 

私の言葉に、アリスは是とも否とも答えない。

私は続ける。

 

「ねえアリス……どうして人は、この湾岸線に惹かれるんだろう。300km/hオーバーの最高速アタック……そこまでの一般車をすり抜けるスラロームは、250km/h超のコーナリングと同じ……勾配のついた冥界ハイウェイを200km/hオーバーで攻めてた私からしたら、それ自体の難易度はきちんとわかってると思う。──正直、私にとってはそんなに難しくない。FCを作り込みさえすれば、すぐにたどり着く領域だよ」

 

アリスはすこしまつ毛を伏せたものの、黙ったままだ。

怒ったんだろうか。

──案内してもらってるのに、率直過ぎる感想だったかもしれない。

 

そう思っていると、アリスが口を開く。

 

「そうねえ……普通だったら『スピードを甘くみたらダメ』ってたしなめるところだけど、咲夜だったらそう思うのも無理ないわ。シンプルな最高速トライなら、咲夜の腕ならあとはマシンだけでしょう」

 

アリスは一度言葉を切る。

すこし考えた後、苦笑しながら口を開く。

 

「正直なところ、湾岸線のなにが人を惹きつけるのか、私にもよくわからないの。峠やC1みたいなテクニカルレイアウトじゃないし、湾岸仕様に寄せていけばいくほど、ここでしか生きられないマシンになっていく。ただひたすらアクセルを踏んで、記録にも残らない最高速のためにすべてを犠牲にしながら夜を越えていく──」

 

「だったらなぜ──魔理沙は──お嬢様は──」

 

「私にはわからない。湾岸線のアスファルトより『渇いた』者にしか、そこを走る意味なんてわからないのかもしれない。──レミリアはね、『ある人』を追って湾岸線に上がったの。……あくまで私の考えだけど、湾岸には三種類の人種がいるわ。走る者、追う者、そして──見つめる者」

 

「見つめる者?アリス、どういう意味?それに、お嬢様が追った人って──」

 

私がそう言ったとき、ドアミラーがカッと光る。

──張り付かれてる?

 

私は後ろを振り向く。

大柄なクルマだが……リアハッチ越しではよく見えない。

 

「……アリス、『やる』の?」

 

「無理ね。150km/hで巡航してた私たちに、話してたとはいえ気づく間もなく張り付いてた──相当速いわよ、後ろのクルマ。……品定めしてるのかしら。さっさと譲ったほうが良さそうね」

 

アリスはそう言いながらパスさせる──すれ違う──R34の黒いGT-Rだ。

 

「34R……」

 

「最後の第二世代スカイラインGT-Rね……最近R35が出たけれど、首都高ではまだまだ第二世代のRが主流よ。特に34Rは……正直、湾岸最速を狙うなら一番『正解』なマシンだと、私は思うわ」

 

「なんでかな……知らないRなのに、ずっと前から知ってた気がするの。穏やかにスラロームしてるのに、嵐の前触れみたいなせつなさを覚える──あんな悲しい走り、私は知らないはずなのに──」

 

止められるだろうか、と直感がささやく──止める?何を?そして──誰を?

冥界ハイウェイの夜がふたたび蘇る──私は、何のために首都高(ここ)を走るの?

 

 

─────

────

───

──

 

 

「よかったんですか?妹様」

 

「いまのFC?──ちゃんと気づいてるよ、美鈴。咲夜のFCでしょ?……上がってきちゃったんだね、首都高に」

 

フランドール・スカーレットはそう言いながら目を細める。

 

あの夜以来、妹様はすっかり変わってしまった、と紅美鈴は思う。

いや──魔理沙たちと出会う前に、紅霧異変の前に、「戻った」だけなのかもしれない。

 

──いい音だった。

美鈴はサイドミラーを横目で見る──FCはもう、はるか彼方。

あのロータリーサウンドは、咲夜が自分で組み上げたものだろう──よくぞそこまで──だからこそ──なぜ、首都高(ここ)に来てしまったのか──

 

おそらく向こうは気づいていない。

だが、一目すら見られたくはなかった、と美鈴は思う。

首都高から「走り」を一掃するため──第二の魔理沙を出さないため──歪んだ優しさに囚われた妹様、そしてそれに手を貸す自分の姿を、咲夜にだけは見られたくはなかった。

 

だが──首都高(ここ)だけは変わらない。

出会うべくして出会う──お嬢様の言葉を借りるなら、すべては「運命」なのだ。

どれだけの言葉を重ねても、どれだけの時間をともにしてもわかり合えない。

常軌を逸した速さのなかで、命のやりとりのなかでしかわかり合えない──そうして私たちは湾岸線(ここ)に行き着く──

すべての運命が、速さの中で収束する──

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