「これでよし……と」
最後のパーツを嵌め込むと、監視カメラがアラートを鳴らす。
──紅美鈴か。
あいつなら居留守を使う必要はない。
私は「それ」をジュラルミンケースに入れ、階段を上がる。
今晩中に仕上げなくてはいけない仕事だ。
話をしにきたのなら、こいつを片付けながら聞くことにしよう。
大阪府某所、河城自動車──午前一時半
短い階段を上がり、床下の入口を開け、階上に顔を出す。
地下室から出てきた私に、美鈴は驚いた顔で声をかけてくる。
「にとりさん……ここ、地下室があったんですか」
「まあね。ちょっとしたサイドビジネスに使ってるんだ。あんたは喋らないだろうけど、秘密にしておいてくれ。他には妹紅しか、この地下室の存在は知らないんだ」
「わかりました。……ところで、それは?」
美鈴は私が片手に
「これかい?……こいつの中身は後のお楽しみさ。なにか話があるんだろ?今晩中に外で片付けなくちゃいけない仕事があるんだ。話は移動しながらで構わないかい?」
「かまいませんよ。行き先は?」
「
私はそう言って美鈴にキーを投げる。
器用にキャッチ──違和感があったのか、手を開いてキーを確認している。
「あれ?
「私の愛車さ。CR-X……『サイバー・スポーツ』って言ったほうが伝わるかい?」
「サイバーでしたか。スタイリッシュなデザインが人気でしたね……にとりさんらしいチョイスだと思いますよ。それじゃあ、いきましょうか」
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──
「なんとなく予想はしてましたが……B16Aでしたか。河城にとりのVTECに乗るのは初めてですが……このフィールは虜になりますね」
美鈴は阪神高速13号東大阪線を西進する道中で、助手席のにとりに言う。
常時ハイカム領域でパワーを絞り出しながら、CR-Xは右に左にスラロームする。
「私のCR-XはSiR*1だからね。私が初めて組んだ、そして私が一番時間をかけたB16Aだよ。カーンと冴えた音がするだろう?」
言いながらにとりはシガーソケットを押し込み、咥えたマイルドセブンに火をつける。
いつも仏頂面のにとりには珍しく、破顔してうんうん頷いている。
「そうですね……下からトルクがあるのに、VTECの伸びは失われていないと思います。レーシーな緊張感を纏っているのに、ものすごく扱いやすい……これが『河城スピード』の味ですか」
「このCR-Xはあくまで、『河城にとり』の仕事だよ。私の普段使いに合わせた味付けだから、乗りやすさと気持ちよさ重視……まあ、頼まれればこういうのを組んだけど、うちの客はもっと過激で速いものを求めてたからね」
「メーカーやディーラー……もっと陽のあたる場所でもやれたんじゃないですか?こう言ってはなんですが、このエンジンひとつでにとりさんの腕と思想はわかります。……クリーンなアフターパーツメーカーでもやっていけたのに、どうしてチューニングの世界に?」
美鈴の問いに、にとりは答えない。
次のマイルドセブンに火をつけて、黙ったまま大阪の街を見つめていた。
誰にでも聞かれたくない事情がある──特に、チューニングの世界に身を浸している者たちには。
美鈴はそう思い、南港までなにも言わずクルマを走らせていた。
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にとりさんの案内に従い、私は南港の外れにある埠頭のあたりにクルマを停めた。
にとりさんはジュラルミンケースを携えて降車する。
私はその後についていく。
海の目前には柵があった。
淡路島の方角は霞んでいてなにも見えない。
柵にかかった南京錠を、にとりさんはポケットから出したピッキングツールでこじ開ける。
──なにをするつもりなんだろう。
少なくともホメられることではなさそうだ。
大阪湾を目の前にして、にとりさんはやっとジュラルミンケースを開く。
中から出てきたのは──
「M1911──コルト・ガバメント。にとりさん……ここは日本ですよ?」
コルト・ガバメント。
かつて米軍が制式採用し、100年近く経った今でも人気の高い自動拳銃のロングセラーだ。
拳銃の所持は洒落にならない。
「
「アメリカにいた頃は手広くやってましたので……ちょうど冷戦期で市民感情は不安に傾いてましたし、銃も悪くないビジネスだったんです。情勢が不安定になると、銃がよく売れますから……今からなにをするんです?」
「試し撃ち」
にとりさんはそう言いながらマガジンを入れ、スライドを引き──嘘だろ?
あっさりと海に向かって発砲した。
「ちょっと……さすがに銃声はまずいですよ!」
「大丈夫だよ。このあたりなら役人の目は届かないし、釣り客は花火かなんかと思うはずさ。銃声と聞き分けられる奴がこの国にどれだけいる?大方不良が騒いでるくらいに解釈するよ」
そう言いながら、にとりさんはグリップとスライドを確かめている。
「まあ、そうかもしれませんが……地下室のサイドビジネスって
「そうだよ。カスタムガン製作。インターネットが普及したから、こういうアングラなビジネスはやりやすくなったんだよね。今回はガバメントベースのレースガン*2の依頼」
「レースガンですか……アメリカだとメジャーでしたが、日本では拳銃の競技人口なんて皆無に近いでしょう?」
「まあピストル競技はあるけど、ガバメントなんて使えないよね。……客は日本国内。私は違法だし、客の方ももちろん違法だ。大方、『上』から支給される中華コピーのトカレフ*3じゃ満足できない『ガンマニア』が、思いっきり『ケンカ』で45口径ぶっ放したかったんだろ。……馬鹿だねえ、日本国内で.45ACP弾なんて、すぐ足がつくってのに。私は
にとりさんはそう言いながら各部を調整し、何発か発砲してジュラルミンケースにしまう。
「ライフリング*4は……」
「別に、構いやしないよ。そのまま返送する。足がついてパクられるのは私じゃないし。私は銃に誠実でいたいだけ……こんな依頼出してる癖して、パクられないよう準備してないほうが悪いのさ。それに、この
私の釈然としない表情を見て、にとりさんはそう言う。
ジュラルミンケースを携えたにとりさんの後ろを歩きながら、私はいま自分のなかに渦巻く感情と向き合っていた。