「紅美鈴……メカニックの良心には二種類ある。あんたはなんだと思う?」
「──客に『親切』なメカと、機械に『誠実』なメカ……違いますか?」
「正解はそれぞれだけど、私も同意見。客に誠実な仕事をするのは当たり前……ブレーキが効きません、ステアリングが外れました……そんなのはメカ以前のお話。メカである以上、クルマなら『走る・曲がる・止まる』……銃なら『弾詰まりしない・暴発しない』状態で引き渡す……当たり前のことさね。だからメカはみんな客に誠実だ。親切かどうかは別にして」
にとりさんはそう言いながら、シガーソケットでマイルドセブンに火をつける。
今夜は本数が多い。
「紅美鈴。あんたは道中で『どうして私が日陰の世界に生きるのか』って聞いたね。そして南港では『どうして非合法なガンスミスをするのか』と聞きたそうな顔をしてた。……両方とも答えは同じ。それは、私が『機械に誠実なメカ』だからさ。それでいて私は、不親切を通り越して、客への良心が欠如しているメカだ。私のメカとしての哲学は『機械への絶対的な信仰』これに尽きるんだよ」
にとりさんは煙草を一吸いして、なお続ける。
「あんた、アメリカでチューニングの傍らガンスミスやってたらしいけど……大方、銃そのものに疑問を持っちまったクチだろ?あんたが客の死に執着するあたりからして、私はそう読んでるんだけど」
にとりさんにはお見通しか──日陰のメカニックとして生きてる人には、隠せない。
隠すつもりはなかったけれど、しかし──
私は唇を噛み、CR-Xのステアリングを強く握りながら答える。
「そうです……率直に言って、銃は『相手を殺す』以外の用途を持たない道具です。武器なら刀剣、機械ならクルマ……凶器になりうるけれど、他の用途を見出すことができます。包丁と刀剣は地続きですからね。……しかし銃は、純粋に殺傷するためだけに生まれた存在です。競技になったとて、その原点とその先にあるものは変わりません。『なにかを壊す』と『命を奪う』……その中間で『無機物の標的を壊す』ことに落ち着いているに過ぎないと、私は思います。"Guns don't kill people, people kill people."*1とは言いますが──」
「『銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ』*2ってか。たしかにそうだ、殺す奴が悪い。銃が殺傷のために生まれたものだとして、銃自体は悪くない──でも、あんたはそう割り切れなかったんだろ?──私は正直、殺す奴にも殺される奴にも興味がない。チューニングカーが一般車を巻き込むことには反対するけど、銃はそのためだけに生まれてきたんだから。誰かに『効率よく』死を届けるために。……銃は人の闘争本能をもっとも純粋な形で具現化したものだ。その純粋さは私のような人種を惹きつけるし、その用途はあんたみたいな人種に疑問を
私もにとりさんくらい割り切れていたらよかったんだろうか、と思う。
あるいは、割り切れないならせめて、目を背けられていたら──
金になるからと始めたガンスミスとカーチューニング──最初はあまり興味がなかった。
だが、性能が上がる喜びと客の満足を原動力に、だんだんその仕事にのめり込んでいく自分がいた。
指数関数的に、銃とクルマが好きになる──好きになればなるほど、真摯に誠実に銃とクルマに向き合うほど、その本質に深く身を浸していく。
そうするうちにやがて──銃もクルマも、嫌いになっていく自分がいた。
自分がつくったモノが生み出す結果に苦悩する──とある軍用小銃の傑作を生み出したロシアのエンジニアは、自分の設計した銃が多くの人命を奪ったことに晩年苦悩したという──スケールは違うが、私も同じだ。
ただ消費者の浅瀬に留まらなかったことを、後悔してるわけじゃない。
「嫌いにならない浅さ」で満足することができなかった──「好き」に優劣があるか私は知らない、だが、私の「好き」はそういう種類のものだった。
本気で「好き」を突き詰めることは、壮絶な痛みを伴う──私が銃とクルマを通して知った、たったひとつの真理だ。
かつてアメリカで知り合った一人の若者を、私は思い出す。
カンザスの片田舎から東海岸の一流工科大学に進学し、ミサイルを開発する世界規模の大企業に就職した、ある若者のことを。
宇宙開発が加速した時代に少年期を過ごし、航空宇宙工学に魅せられた彼は、冷戦期の潤沢な予算に誘われて軍需産業に身を置いた。
コミュニストを滅ぼし、合衆国と資本主義の正義を守るため──そう言い聞かせて、ミサイルの飛距離を伸ばすことに彼はすべてを捧げた──
純粋な好奇心と信じてもいない大義で、自分自身を塗りつぶす──だが、それで本当に飛距離を伸ばせるのは紙飛行機くらいなものだ。
ノースダコタからモスクワまでの距離が頭から離れなくなった頃、彼はついに、自ら命を絶った。
アンクル・サムが指さす「敵」へ、効率よく核の炎を届けるために、航空宇宙工学の知識を使う──人間としての良心の呵責に、彼は押しつぶされてしまった。
「私は正直なところ、機械をもっとも美しく、もっとも効率よく、ピュアーかつイノセントな姿に届けること──原点の極致、そして異形の最奥──それ以外に興味がないんだ。だから、機械にとって最良の結果を求めるし、それで客がどうなろうと私は知らない。客が依頼すればなんだってやってきた。私にとって、依頼は全部『機械を最良にする機会』でしかない。この世界のあらゆる機械を、一つでも多く」
にとりさんは煙草を灰皿に押し込みながら続ける。
「実はさ──カスタムガンの依頼は久々に受けたんだ。『機械を生まれたままの姿で愛する』と決めた日から、私は銃もクルマも、整備以上のことはやってなかった──そして、このガバメントがおそらく、カスタムガンの仕事としては最後になるだろうね」
「警察の捜査が間近に迫って──違いますね。あなたが今さら国家権力を気にするわけがない……
「そうだよ──あのエスは、私にとって最後の機械への『わがまま』……そして、チューナー・河城にとり最後の仕事になる。勘違いしないでほしいんだけど、『河城スピード』最後の仕事じゃない、『河城にとり』最後の仕事だ」
「つまり──あなたはエスを最後に、機械に触らないってことですか?」
「すこし違うかな──あのエスが役目を終えたら、次からは純粋な『開発者』になるだけさ。人様の機械の中身にはもう手を触れないし、『改良』する代わりに『新規開発』する──もう私は、あのエスに対してそれだけの罪を犯してしまった」
いまにとりさんは「犯して『しまった』」と言った。
つまり──
「エスはもう仕上がってるんですか?」
「ああ、この半年の間にね。あとは乗り手に合わせたセッティングくらい。──今夜エスを出さなかったのは、『仕上がってる』からだよ。正直、実走セッティングの段階で命の危険を感じたほどだ。私はもうアレに乗りたくはない……本当に『心許せないマシン』になってしまった。博麗霊夢じゃなきゃ乗りこなせないだろうし、あの紅白巫女ですら怪しい。……博麗霊夢じゃなきゃ『間違いなく死ぬ』そういうマシンだよ」
「にとりさん……あなたは何をしたんですか……?」
にとりさんは無言のまま、煙草を一本吸う。
吸い切るまでの間、私は何も言わずに待つ。
「──F20Cを2.4Lにボアアップ。オリジナルの軽量ピストンに、
「それは……もはや至高のVTECユニットですね……でも、首都高ならその馬力だと……」
「そんなことはわかってる。最後まで聞きな。……首都高に再び挑む以上、私もNAにこだわるのをやめたよ。モアパワー、そしてモアトルク……それが首都高だからね。──過給器にスーパーチャージャーを使った。そして、増大したパワーに耐えられるようエンジン本体をはじめ、車両全体各部を補強。運動性のバランスが取れるよう緻密に軽量化……いたずらに車重を落とすわけじゃない『本物のプロの仕事』ってやつさ。F20C改2.4L・S/C*3仕様S2000……シャシダイで550馬力といったところか」
煙草が切れたと、にとりさんは呟く。
マイルドセブンのパッケージを握りつぶしながら言葉を続ける。
「足回りも素晴らしい出来だ。新規に独自開発した電子制御サスペンションを入れてある。あらかじめプログラムを書きこんであるから、スイッチひとつでステージに合わせてセッティングが変わるシロモノさ。どの場所でも、どの速度からでも、腕さえあれば『ワープするように』環状並のすり抜けが可能だよ。空力パーツもカッコだけじゃない──どこでもピタリと路面に張りつくデザインだ。足回りとエアロだけで、専門店が
それは──たしかに、博麗霊夢以外に乗りこなせはしないだろう。
だが、河城にとりが博麗霊夢に対して行った仕事と思えば、このくらいは想定内だ。
「最後の仕事」というには、なにかが腑に落ちない。
私がそう思ったとき、不意ににとりさんが呟く。
「──二十基」
「……二十基?」
「──あのエスのF20C改2.4L・S/Cを組むために、犠牲にしたF20Cの数さ。……ノーマルのF20Cを二十基調達して、それらを全バラシ──あのエンジンに使われてる純正パーツはすべて、それらのエンジンから『当たり』のパーツだけを選りすぐったものだよ。基準に満たないものは別に組み上げて、諸々のテストに使った。ノーマルでもう一基組み上げるのも不可能なくらいに、全部ダメにしちゃったよ……わかったろう?私の罪が。あのエスは、二十基のF20Cを生贄にして生まれた怪物なんだよ。私の知る限り、チューニング史上最悪の罪障、機械に対するこの上ない冒涜さ。……すこし眠る。着いたら起こしてくれ」
にとりさんはそう言って目を閉じる──私は、何もかける言葉を持たない。
ただスペックだけを聞けば、それは究極のS2000──ホンダファンだけではない、すべてのクルマ好きは「乗ってみたい」と思うだろう。
そこまでのマシンを「愛機」にしたいと思うだろう。
だが──その裏側にあるものは──
多くの罪と犠牲の果てに生まれたS2000──ピーキーなスペックだけじゃない──生まれ持ったその罪深さの重力に、クルマを愛する者はきっと耐えきれない。
越えてはいけないラインを踏み越えてしまった「最悪のチューンド」──河城にとりのメカニックとしての生すら食い尽くしたS2000──
博麗霊夢にしか乗りこなせない。
それは、「
にとりさんを巻き込んでおきながら──妹様の「破壊行為」に手を貸す自分に私はぐだぐだとしている。
咲夜ちゃんと湾岸線ですれ違い──自分の行く先を知りたくて、私は大阪までやってきた──にとりさんも迷ってるだろう、と──チューナーとしての河城にとりの言葉を聞きたい、と──
紅美鈴──お前は、何のために──ふたたびクルマを「殺人マシン」に変えるんだ?