魔法の森の奥、幻想郷の端に位置する無縁塚の手前に、「
「思い詰めて」幻想郷に迷いこんだ外来人が、「思い直して」引き返す道──それが、その名の由来だといわれている。
再思の道は秋になると、あたり一面が彼岸花の紅に染まる。
しかしそれ以外に何があるというわけではなく──その先にある無縁塚は葬送の地かつ、結界の端ゆえ危険地帯。
手前にある魔法の森も、有害な
そのため、この再思の道に近づく者はほとんどいない。
──そんな再思の道に、今夜は一台の屋台が出ていた。
「いらっしゃいませ……あっ、オーナー」
のれんが揺れるのに合わせ、ミスティア・ローレライは焼台から顔を上げた。
オーナーと呼ばれた人物は苦笑しながら応じる。
「こんばんは、ミスティア。……今夜の私は客よ?だから『レミリア』って呼んでちょうだい」
「すみません、つい。でも、ドライブイン夜雀の開業資金と土地を提供してくれたレミリアさんには、私足を向けて寝られません」
レミリアは屋台の椅子に腰掛け、短冊に書かれたメニューを見渡しながら口を開く。
「あのくらい、大したことないわ。すこしでも幻想郷を元気づけられたらと思っただけよ。……ねえミスティア、私こういう居酒屋?みたいな店に来るの初めてなのよね。だから新しい味覚に興味があるのだけど……なにがいいかしら」
「そうですね……酎ハイなんていかがでしょう?焼酎を炭酸で割ったものです」
「チューハイ?初めて聞く名前……じゃあそれをもらいましょう。レモン、ライム、青りんご……フレーバーを選べるのね。ライムでお願い」
「かしこまりました。食べ物はどうしましょうか。うちだと八目鰻が看板ですし……今夜はおでんも仕込んでますよ。煮込み料理です」
レミリアはミスティアが指さす鍋を覗きこむ──茶色いスープのなかで串を刺した具材が煮えている。
「食べたことない料理ね。それじゃあ八目鰻とおでんを。適当に出してちょうだい」
「わかりました。ライム酎ハイとおでんはすぐ出せますよ」
「わかったわ。悪いわね、わざわざ再思の道まで来てもらって。伝えてた通り今夜は待ち合わせなのだけど、来てる?」
「まだ来られてないみたいです……はい、ライム酎ハイとおでんです」
ありがとう……レミリアがそう言ってグラスと皿を受け取る瞬間、左隣から声がした。
「からしいっぱいつけて食べるとおいしいよ?」
─────
「どうしましょう、
「呑気に煎餅かじりながらラジオ聴いてるからですよ。……こたつに寝そべって物を食べるのはやめてください、紫様。散らかった食べかすを片付けるのは私なんですよ?それに、
「なによもう……霊夢だって同じことしてるじゃない」
「なおさら良くないでしょう……霊夢がぐうたら不良巫女になった原因のひとつに、紫様の振る舞いもありますからね」
「そんなに言わなくてもいいじゃない……トガりまくってた昔のあなたが懐かしいわ。……ああ!レミリアそれはちょっと……あーあ、あのからしは多すぎよ。マスタードじゃないんだから……」
紫様は再思の道をスキマで覗きながら、私の説教に応じている。
レミリア・スカーレットとの会合を無縁塚で行う予定だったが、ラジオで自分のお便りが読み上げられるまで粘ってた結果、見事に遅刻している。
その間に別の「お客様」が来てしまったらしい。
……白々しい態度だと私はため息をつく。
だから胡散臭いと言われるのだろう。
──別の「お客様」を呼び出したのは紫様自身だ。
そして、伝言を持っていくときの手土産として、わざわざ東京の浅草まで出向いて芋ようかんを買ってきたのは私。
──あの相手なら、浅草土産は七味だろう。
自分が芋ようかんを食べたかっただけに違いない。
「はーあ、面白……気の毒だったわ。そろそろ行こうかしらね……あんまり待たせると悪いわ」
「……いってらっしゃいませ、紫様」
紫様がスキマに飛びこむと同時に、私は橙を呼ぶ。
「橙!紫様はお出かけになった。二つしか買えなかった期間限定アイスを食べよう──」
─────
「大丈夫ですか?レミリアさん」
「チャイニーズマスタード*1ってこんなに辛いのね……ミスティア、ライム酎ハイをもう一杯」
「かしこまりました……あ、紫さん。いらっしゃいませ」
「こんばんは、ミスティア。……私は中瓶をお願い。アテは……なにかさっぱりした物から始めたいわね」
私がそう言うと、ミスティアはビール瓶と、
「さて……こんばんは、レミリア……そして、古明地こいし」
「紫さんおひさしぶりーちだね。こんばんは〜」
「こんばんは、紫。……二人、知り合いだったの?」
私とこいしに挟まれたレミリアは、左右を交互に見回しながら言う。
「そうよ。というか事後報告だけど、今夜こいしを呼んだのは私。じゃなきゃ再思の道に『偶然』酒を飲みに来るのは……どっちにしろ、そこのこいしくらいね」
「本人から聞いたわ。『無意識』の
「それは本人から聞いたほうが早いわ」
私はそう言って、ビールを注ぎながらこいしに話を投げる。
「んー……ねえレミリア。あの白いFCに乗った銀髪のナイフ使いって、あなたのとこの子なんでしょ?」
「紫には『さん』付けなのに……まあいいわ。咲夜のこと?十六夜咲夜──私の従者でメイド長だけど、あなた咲夜と知り合いなの?」
「いやー、半年以上前なんだけどね。冥界ハイウェイを走ってたFCにちょっとお邪魔したら、なんかナイフ投げられそうになってさあ……」
「──レミリア、この子に害意はないし、咲夜には何もしてないわ。一部始終は私も見てたから保証するし、だから今夜ここに呼んだの。落ち着きなさい」
「──違ったら紫、あんたの首ひとつで済むと思わないことね」
私が止めると、レミリアはそう言いながら、一瞬で形成しかけていたグングニルの柄を霧散させる。
こいしはレミリアの殺気にも構わず話を続ける──ミスティアなんか縮こまってたのに。
「あー、なんだったっけ……ああ、そうそう。その咲夜のロータリーを私がやりたいなあ、って。いい走りしてるのに、あんな退屈なエンジンじゃつまんないよー」
「あのエンジンは私の門番が組んだものなのだけど……退屈?軽々しい発言で呼べるのは死神くらいよ?」
「怒んないでよー。死神なんて、わざわざ呼ばなくてもみすちーの屋台にしょっちゅう来てるし……エンジンそのものはいいんだよ?ただ──あの『紅龍レーシング』の紅美鈴の仕事だって思うとさ、退屈過ぎるんだよね。まさに牙を抜かれた龍──あの後咲夜、13Bターボをかなりブーストアップさせたんじゃない?そしてブローさせて、紅美鈴がやってくれないから自分で組み始めた……違う?」
「……いくら覚妖怪でも、酒の席で『覗き見』は感心しないわね」
「違うよー。ほら、私の『第三の目』は閉じてるでしょ?……あの夜見た走りだけで十分わかるよ。咲夜が『なにか』を追い始めたとき、あのエンジンでは絶対に『応えられない』──なにかを追うために生まれてきたロータリー──その本質を覆い隠すようなエンジンじゃ、ね。あの13Bは『追う』ことだけは回避させる一心で組まれてた……私にはわかるんだ」
こいしはそう言うと、ミスティアに照葉樹林*2のおかわりを注文する。
「ふうん……?『紅龍レーシング』の事も知ってるなんて、あなたかつて外界で走ってたクチ?」
「私はどちらかといえば作る方メインかな。プライベーターとして趣味程度に組んでただけだけど……あの頃箱根の長尾峠と七曲りの下りは私のSA*3が最速だったよ。いまはみすちーのFDくらいしかやってないけど」
こいしの言葉を受け、レミリアがミスティアに話を振る。
「そういえばあなたもロータリーだったわね。……こいしの腕はどう?」
「そうですね……私のFDは速さを求めた仕様ではありませんが、別格の仕上がりです。外界のメカに見せたら驚いてましたよ。ツインターボのFDをNA化してパワーダウン、ロータリーサウンドの美声を極めるって仕様だったんですが……ローターの回転フィールと自分の波長がピタリと合うんです。──ロータリー乗りはよく『波長』って言いますが、エンジンと自分のテンポが合うってすごく大事なんですよ。こいしさんのエンジンはその仕立て方がうまいんです」
「褒めすぎだよ、みすちー。みすちーのFDは美しいデザインを活かして高級クーペ路線を極めるって話だったからね。──逆に、速さを極めるなら、乗り手がエンジンに合わせなくちゃいけなくなる。でも──」
こいしはレミリアの目をじっと見つめる。
「──ロータリーはけして、追う者だけは裏切らない。パワーを求めるなら2J、RB。フィーリングならVTECやアルファロメオ・V6、BMWのシルキー・シックス。他人と違うものが欲しいなら多気筒V型やW型に、水平対向……ロータリー以外に『正解』はいくらでもある。実際、ロータリーのセンの細い走りや、扱いのシビアさ、思うようにパワーを乗せられないことに幻滅して乗り換える人は多いし……でもね──」
こいしは照葉樹林を一口飲み、続きを話す。
「──なにかを『追う』のなら、ロータリーしかありえない。──ロータリーは『速い』エンジンなの。乗り手の心すら追い越すほどに。そして、追うために速くなろうとする魂に、最後まで応え続けるのはロータリーだけ──私はそう思ってる。咲夜は──追う『なにか』の輪郭を捉えたんでしょう?」
こいしはレミリアの目を見つめ、レミリアもこいしから目を逸らさない。
私はビール片手に、八目鰻の串をかじっていた。