バス停を通り過ぎると同時に始まった七曲りダウンヒル──先行をとったのは霊夢。
加速してすぐにブレーキング──二連続の鋭角コーナーに二台のテールランプが連なって飛びこんでいく。
霊夢はなるべく舵角をつけずに一つ目の右を処理──短い直線から、より鋭くなる二つ目の左への布石だろう。
スピードを殺さないことで次のブレーキングのタイミングに余裕を持たせるコーナリング。
助手席の八雲紫は静かに分析する。
霊夢は七曲りのレイアウトをほとんど知らずにバトルを受けた。
ゆえに、峠の一般的な文法に従ってコーナーを処理しているが、それでもこのセンスは凄まじい。
見るものが見れば、この二連続鋭角コーナーの走りだけで霊夢に勝利することを諦めるだろう。
それに対し早苗は、と紫はスキマ越しにシルビアの走りを確認する。
早苗はオーバーアクションともとれるアングルのドリフトを選択──それはFR使いの矜持だろうか、と紫は苦笑する。
雨のドリフトは難しい。
そのうえ、しっかりとアクセルを踏み切ったうえでの、鋭角コーナーのドリフトだ。
コーナーでわずかに離されることと引き換えに、バックミラー越しに自らの闘志を見せつける──「見せつけたい相手」が見ていればいいのだけど、と、紫は助手席の霊夢をちらと見た。
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「アグレッシブだね、早苗……あ、私話してて大丈夫?」
私はシルビアのステアリングを握る早苗に問いかける。
ドリフトのモーションこそ派手だが、早苗の瞳は静かにコーナーの先を見つめている。
ミリ単位でステアリングとアクセルをコントロールしながら、早苗は口を開く。
「大丈夫ですよ、諏訪子様。話していれば、諏訪子様の方を見ずとも存在を感じられますから。──ええ、このドリフトは霊夢さんに対する私の意思表示です。椛さんとのバトルで、霊夢さんがアグレッシブなFドリを決めたと、魔理沙さんに聞いたことがありましたから──もっとも、霊夢さんが見てくれてるかわかりませんけどね」
「……そうだね。多分霊夢は見えてないんじゃないかな。本人は『見てない』って言うだろうけど、違うよ、きっと。霊夢は『見えてない』んだ」
私は一度言葉を切る。
二つ目の鋭角コーナーを抜けて、ロングストレートに入ったからだ。
給排気系のファインチューンを施した程度のNAとはいえ、きっちりと姿勢をつくってコーナーを脱出したシルビアの加速は凄まじい。
滑る路面に余すことなく、早苗はトラクションをかけていく。
加速しきって、舌を噛む心配がなくなったあたりで私は続きを話す。
霊夢との距離は十五メートルほどだ。
「──ああいう天才ってさ、大体自分のことがわかってないんだよ。『ナチュラル』って、言い得て妙というのかな……世界に愛され、その理を無意識に見通せてしまう存在が、人に愛されているとは限らない──そして、自分のことにも無関心だ」
「誰かが言いましたよね、『愛の反対は無関心』って」
早苗の言葉に、私は首肯する。
ロングストレートの間に霊夢は早苗を引き離す──環状
車重もワンダーの方が軽い。
だが、早苗に焦りはみられない──この先のコーナー区間で詰めるつもりなんだろう。
「そういうことだね。愛……というか、霊夢が本当にわずかでも関心を持っている存在なんて、片手で数えられると思う。そして、その中におそらく自分は入ってなくて──魔理沙が中心にいたんだろうね、きっと。あれほどの天才を前にして、諦めることを知らなかった霧雨魔理沙──無関心でいられるわけないよ」
早苗は5速にシフトアップしながら言葉を返す。
「ええ、きっと。魔理沙さんのそれは多分、私の承認欲求とはまたすこし違うものだったんだと思います。──その魔理沙さんを失って、気づかないまま自分の存在がグラついてしまっている」
「早苗は──霊夢にとっての、『第二の魔理沙』になりたいの?」
「それは──わかりません。でも、霊夢さんの走りを見ててあらためて思います。あの人の視界に映っていたいと。それが意味するものがなんであれ。……その感情は、きっと理屈じゃないんです」
私は早苗の言葉を聞きながら、ワンダーのテールランプを見つめる。
──なんてせつない走りだろう。
ただロングストレートを踏み切っているだけなのに、こんなにも滲むものがある。
それが怒りか悲しみか、はたまたやるせなさなのか──わからない。
けれども、赤い光が七曲りの夜に発散し──空気を震わせているとはっきりわかる。
二台のマシンがそれぞれの感情おもむくままに、アクセルを踏み切っている。
──いつ死んだっておかしくない。
だけど──この夜にしかわかり合えない二人がいて、この夜を逃せば、二人は永遠にすれ違うのだろう。
緩い右カーブが、この先のコーナー区間を予告する。
走り出してしまった二人──私にはもう、見届けることしかできないのだ。