緩やかな右の弧にミリ単位で舵角をつけながら、ワンダーとシルビアがコーナー区間に突入する。
切り返して左の直角コーナー──ワンダーはエンジンブレーキを効かせながら、待ち受けるコーナーに飛びこむタイミングを探る。
先行している霊夢はマージンを取りながらも、早苗に飛び込むスペースを与えないようラインを描く。
それに対し早苗は、霊夢のブレーキングポイントを先読みし、限界まで車間を詰める。
そのままABS任せのフルブレーキング──車間距離は十センチに満たない。
二台は左コーナーをクリアし、直後の右コーナーへ。
見た目よりは緩やかなRであるが、抉りこむようなコーナリングはドライバーの視覚を容易に騙す。
霊夢は早苗のプレッシャーをものともせず、アベレージスピードを変動させずにクリア──慣性と滑る路面を活かし、「コントロール不能」な状態に放り込んだ。
適切なラインと適切なスピードであれば、あとは手放しでもクルマは曲がる──それは意図された、そして博麗霊夢だけに許された領域といえる。
コーナー出口にアクシデントがあれば──そう考えると、いまの霊夢の振る舞いは正気ではない。
何かあっても避けられるよう、ワンテンポ早くシルビアのノーズをコーナー出口に向けていた早苗は歯噛みする。
結果としてロスがあったわけではない。
しかし──公道レースにおいては、先行するクルマはハコのレース以上にペースメーカーといえる。
意識的にも無意識的にも、アクシデントを知らせ回避する走りを「普通は」心がける。
もしいま霊夢がアクシデントに遭遇しても、早苗は回避できただろう。
しかし、霊夢は絶対に回避不可なライン取りだった。
霊夢はマージンを捨て──早苗は霊夢が確保しなかったマージンまで請け負ってしまった。
霊夢の「非常識さ」と、自らの闘争心が霊夢に劣っていた──少なくとも早苗本人はそう思った──その二つの事実に、早苗は滲むものを隠せない。
短い区間にヘアピンを二つ、そして直角クランクを二つ──七曲りの勾配を、二台のマシンが落下するように駆け下りていく。
それなりに腕のある地元の走り屋でも、このコーナー区間で決着がついてしまったことだろう。
そのくらい、二台のペースは常軌を逸している。
だが、二人にとってはまだ、刀の柄に手をかけた程度なのだ。
達人の戦いが、刀を抜くまでの間に決着するように──片方が動けば、それが決着になってもおかしくはない。
ここまでのセクションタイムは既に、古明地こいしがSA22C型RX-7で記録したレコードタイムを三秒ほど更新している──
─────
「……以前よりさ、さらにやばくなってない?霊夢」
コーナー区間を抜け、再びロングストレートに入った頃。
私は運転席の早苗に問いかけていた。
「ええ……正気の沙汰じゃないのはいまさらですが──以前の霊夢さんは、『死ぬ可能性を1ミリも信じてない』走りでした。私たちが『天が落ち、地が崩れる』心配をする人を『杞憂だよ』と笑い飛ばすように。──ですが、いまの霊夢さんは『死んでもいい』な気がするんです。……諏訪子様は、どう思います?」
「合ってると思うよ。……あの子、走り出したらスイッチ──いや、トリガーを引いちゃうタイプだったみたいだね。……早苗、あんたはきっと、私が何を言っても今夜走るのをやめないと思う。だから先に言っておくね。……博麗霊夢が『霧雨魔理沙の後を追ったとしても』あんたは自分を責めないで。もし今夜何があっても、それは早苗のせいじゃない。早苗を責める全てから、私と神奈子は早苗を守る。……だから、黙って守られると、約束して」
「……そこまでなんですか?諏訪子様……霊夢さんは、そこまで追い詰められてるんですか?」
早苗のすがるような問いに、私は即答することができない。
雨が強くなってきた──もはや嵐の前触れと言ってもいいくらいだ。
相対速度のなかで撃ち出された雨粒が、機関銃のようにフロントガラスを叩きつけている。
──視界はゼロに等しい。
私たちの目に映るのは、
「……そこまで、なんだよ早苗。本音を言えば、いますぐにでもシルビアのサイドブレーキを引きたいくらいなんだ。……とんだバトルになってしまった。まさかあの紅白巫女が、死に場所を探してるなんて、思いもしなかった……」
八雲は……八雲紫は何を考えている?
走り出した途端、霊夢は「加速」してしまった──今夜、あんたは博麗の巫女を失いかねない──わかっているのか?八雲紫──
最悪の場合、私は早苗の安全だけはなんとしても確保する──だから紫、お願いだから霊夢を無事に走りきらせて──
私は早苗にこれ以上、消えない傷を負ってほしくないんだ──