いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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才能の代償

「ヘンテコなデザインって思ってたけど、走りはなかなか悪くないわね。私はもっとカクカクしたデザインが好きだけど」

 

 

東名高速上り──午後十時半

 

 

助手席の博麗霊夢は呟いた。

ステアリングを握る八雲紫は、歯に衣着せぬ物言いは博麗の伝統かしらね、と苦笑する。

 

「レミリアちゃんに頼んで貸してもらったの。本当に流麗で美しいデザイン……紅魔館の『こっち側』でのビジネスに使うクルマらしいけど、贅沢よねえ。真っ赤なアルファロメオ・ブレラ。V6のグレードってとこが、なんというかレミリアちゃんよね。おかげで楽にクルーズできてるけど」

 

「あるふぁろめお?なんか長いわね。ホンダとは大違い」

 

「さっぱりきっぱりが信条の霊夢の好みとは、すこし違うかしらね」

 

「そうね。私は小さくて角張ってて、無駄なく速いクルマが好きよ。まあ、速ければこだわりないんだけど」

 

「ワンダーシビックも、見た目の趣味だものね。エンジンルームの中はもはや別物だし。まあ、外国にはこういうクルマもあるってこと。人生の余白を楽しむ速さのクルマってやつ。もちろんブレラも、本気で走らせれば速いわよ」

 

「じゃあ踏んでよ。折よくここは東名よ?」

 

「嫌よ。ガソリン満タンで返す約束なんだから。幻想郷は地底から原油が出るから安いだけで、こっちのガソリンは高いのよ?」

 

「ちぇっ、ケチ」

 

霊夢はそう言いながら、上り方面と下り方面を隔てる夾竹桃(きょうちくとう)の列に目線を戻す。

霊夢はきっと、本当はブレラにもアルファロメオにもさして興味がないのだろうと、私は考える。

霊夢にとって本当に興味があるといえるものは、実のところほとんど、ない。

 

霊夢がワンダーで走り始めたとき、正直私は驚いた。

魔理沙が走り出したことに影響されたのだろうが、霊夢は大抵遊びよりも、茶を飲んでぐうたらする方を選ぶ子だった。

 

霊夢は何をさせても天才だった。

スポーツドライビングもまたたく間に身につけ、ワンダーを手に入れて一週間で魔理沙を負かした。

それからクルマに興味をなくし……魔理沙にリベンジされたのがよっぽど衝撃だったんでしょうね。

魔理沙がRに乗り換えるって聞いたらすぐ、こっそりレミリアちゃんに口を利いてもらって、大阪からB18Cを引っ張ってきたくらいなんだから。

 

……あのエンジン、高かったなあ。

紅魔館には「紫にツケといて」なんて気軽に言ったみたいだけど、あの子絶対値段知らないわよね。

いま霊夢のワンダーにおさまってるのは、環状SPL(スペシャル)スペックのB18Cコンプリート。

領収書を持ってきた小悪魔ちゃんは震えてるし、領収書を受けとる藍の顔はひきつってるし……あれから藍、二週間は口を利いてくれなかったっけ。

 

「紫、あんたいま失礼なこと考えてたでしょ」

 

「勘の良すぎる子は嫌いよ……あのB18C、高かったなあって」

 

「……いいエンジンよね」

 

「それだけ?」

 

「……それだけ」

 

霊夢はそのあと、口の動きだけで「ありがと」と言った。

馬鹿な子。

窓ガラスに顔が映ってるの見えてるわよ。

 

「……ねえ霊夢。走るのは楽しい?」

 

「……楽しい」

 

「競い合える相手がいるって、素敵よね」

 

「魔理沙には一度負けたけど、敵じゃないわ」

 

「……やっぱりあのエンジンの値段言っていい?」

 

「脅さないでよ。……そうね。競い合えるのは、楽しい。弾幕ごっこしかなかった頃は、正直私の敵はいなかったから。異変以外で『競い合う』なんてことなかった。クルマを知って、走り始めて……そしたら私に挑む奴らがわらわら出てきて……クルマも簡単にこなせちゃうけど、ワンダーと気持ちを合わせて勝ちにいくのは楽じゃない……だから、楽しい。……これで満足?」

 

「ふふ、ゆかりん満足。かわいい霊夢の姿見れてゆかりん嬉しいわ」

 

「なーにがゆかりんよ、気色悪い。あんたがこうやって幻想郷の外に連れ出すとき、大体私から本音を聞きだす魂胆なのよね。話すまで帰さないってミエミエっていうか、ほんっとあくどい妖怪。そろそろ退治してやろうかしら」

 

窓ガラスに鼻を擦りつけながら言う霊夢の耳はもう真っ赤だ。

すこしいじりすぎたかもしれない。

次のパーキングでソフトクリームを買ってあげよう。

ソフトクリームひとつで機嫌をなおすあたり、いくら博麗の巫女と言ってもまだ子供なのだ。

 

霊夢のまばゆい才能の光は、霊夢自身に影を落とした。

幻想郷に走れる道路を敷設したのも、紅魔館にクルマを持ち込ませたのも、はじまりはすべてこの子のためだった。

 

走りが霊夢と人妖問わず仲間を、そして幻想郷を変えていく。

──それはたまらなく素敵なことですわ。

八雲紫はそう思いながら、ブレラのアクセルを深く踏みこむのだった。

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