いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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運命の執行者

「──ッ」

 

私はとっさにカウンターを当て、アクセルを小刻みに調整する。

ガラ空きになったインにワンダーが鼻先をねじ込む──まさかここで決めてくるなんて。

 

ターボラグのないNAであることが幸いしたが──シルビアが一つ目のヘアピンを抜ける間に、霊夢さんは二つ目に取りかかっている。

 

後追いでワンダーの挙動を見て確信する。

霊夢さんは「滑らせている」──タイヤを意図的にロックさせているのか?

 

いや、これはおそらく──

 

「ハイドロプレーニング現象」

 

隣の諏訪子様がぽつりと呟く。

 

「同じ結論に行き着いたみたいだね、早苗。もちろん知ってるでしょ?」

 

二つ目のヘアピンをクリアしてから、私は言葉を返す。

速い──豪雨も相まって、ワンダーの姿は見えない。

最低でも二十メートルは離されていると考えるべきだろう。

 

「ええ。タイヤと路面の間に水が入り込んで、結果コントロールを失う現象のこと、ですよね?」

 

「そ、それがハイドロプレーニング現象。普通はアクセルを抜いて、状況が回復するのを待つしかない。だけどあの巫女──」

 

諏訪子様は一度言葉を切り、続ける。

 

「──コントロールしている。いや、『滑ること』込みでコーナリングしてると言ったほうがいいか。コーナリングのアプローチ時点で、『ハイドロプレーニングしてコーナーをクリアする』未来が確定してるというのが実情かな」

 

「運命……っていうんですかね、レミリアさんだったら。確定した未来を淡々となぞっていく──博麗霊夢はただ、『運命を執行』している」

 

早苗はその言葉を最後に、無表情で黙り込む。

シルビアの助手席で私は早苗の胸中を推しはかり、思考する。

 

──霊夢は魔理沙を「引き上げる」ために、先頭を走っていたのかもしれない。

霧雨魔理沙という「真の主人公」を導く物語──博麗霊夢は無意識のうちに、そこに競技性を見出していた。

 

だから、魔理沙が生きているうちはアツくなれた──しかし魔理沙亡きいま、霊夢に「競う」意味はない。

というよりも、本来無比の存在である霊夢と、競える存在なんていないのだ。

霧雨魔理沙の存在が、その才能に重力を与えていただけ──いまとなっては、博麗霊夢の「(くう)」は万物の理の範疇にない。

 

私には、なんて言えばいいのかわからない。

どんなに努力しても越えられない壁を前にした早苗にも、そして、もはや「競う」ことができない霊夢にも。

 

──霊夢にはもはや、生を継続する理由がないのだ。

その確信とともに、私はこのストーリーの「からくり」に行き着いてしまった。

博麗霊夢の役割は「霧雨魔理沙の超え難い好敵手」として、「魔理沙が高みに上る運命」を執行することだったのだ。

 

八雲紫は、今夜霊夢を「終わらせる」つもりだ。

私は早苗に、それを伝えるべきなのか?

そう思ったとき、SR20が鋭く吹け上がる──この音はまさか──

 

「──諏訪子様、私、諦めません」

 

「この音──早苗、回転数は?」

 

私が問うと、早苗は薄く笑う。

 

「──8000回転振り切ってます。……ごめんなさい、諏訪子様。今夜死んでも、許してくださいね」

 

やっぱりか、と私はため息をつく。

この間シルビアを整備に出してたとき、もしかして、とは思ってたんだ。

 

「……それ、神奈子が昔に組んでお蔵入りさせたSR20でしょ?」

 

「そうです。8000回転オーバーを境に『もう一段』出力が上がるSR20です。レブリミットは不明なのでリミッターはカットしてます。……この回転数でどこまで耐えるかも、不明です」

 

「なんで出来てしまったのか当人もよくわかってないSR……このスピード領域でエンジンブローする意味、わからないわけじゃないよね?神奈子の『速い』エンジンは大抵──」

 

「──ワントライでブローする、ですよね。神奈子様を責めないでくださいね。無理言ったのは私なんですから」

 

……早苗もまた、いま自分がすべきことがわかってる。

この場でまだ迷ってるのは、私だけなのかもしれない。

 

「そんな顔しないでください、諏訪子様。思ってたより展開は早いですが、想定の範囲内です。ブローする前に、ダブルクラッシュしてでも霊夢さんを止めます。全員、生きてこの七曲りから帰るんです。だから──サイド引いたら、諏訪子様でも一生許しませんから」

 

早苗の言葉を受けて、サイドブレーキレバーに伸ばしていた右手を私は戻す。

 

「──わかったよ。どこまでやれるか、見せてみな早苗。もしあんたが死んだら、閻魔を殺してでも取り戻す。地獄の果てまで、あんたを探しにいく──だから、好き勝手やりな。……あと、帰ったら神奈子は絶対ぶん殴る」

 

ありがとうございます、諏訪子様──早苗はそう呟いて、ギアを5速に叩き込む。

ロングストレートの途中、「く」の字のコーナーをクリアして、さらにアクセルを深く──

 

ワンダーとの距離は十メートル以下。

この先に「七曲り」のゆえんたる連続ヘアピンが待ち受ける。

そこを抜ければほどなくしてゴールの高架下。

止めるならこの区間しかないだろう──霊夢が無事に下りきれないとしたら、だが。

 

バトルは佳境へ──雨粒より多くの迷いと思惑が、箱根の夜闇に呑みこまれていく──

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