「霊夢、吸う?」
二連ヘアピンを抜けた頃、私は霊夢にパーラメントの箱を差し出す。
「──火、持ってないわよ」
霊夢はそう言いながら、こちらを見ずに煙草を取り、口にくわえる。
「このくらい、初歩的な妖術よ」
私はそう答えて、霊夢と自分の煙草に火をつける。
「呆れた。そういえばあんた賢者だったわね。胡散臭すぎて忘れてたわ。──私のこと、止めなくていいの?」
「わかってたことだもの。……やっぱり、気持ちは変わらない?雨に打たれながら逝くって、あんまり気分いいものじゃないと思うけど」
霊夢は煙草を歯に挟んだまま、すこし口を開いて煙を吐き出す。
「──私、死体に興味ないのよね。自分のものならなおさら。だってもう使えないじゃない」
霊夢の返答に、私はくすくすと笑う。
「そうね、あなたの言う通りだわ。私はネクロマンサーじゃないしね。……ねえ霊夢、教えて。この『筋書き』は、あなたが望んだものなの?返答次第じゃ、いますぐにでもスキマ経由で幻想郷に飛ばせるけど」
「──私の望みじゃないわ。そうね──強いて言うなら、『筋書き』自身が望んだの。私は願わないし、祈らない。巫女だけど、そういうのってよくわからないのよね」
「それは──現実主義ってこと?」
私が言ううちに、ワンダーはストレート途中「く」の字のコーナーをカットしていく──追走のシルビアが徐々に近づいている。
「違うわ──だって私、『現実』すら信仰してないんだもの。ただ『役割』が回ってきたってだけ。公道ランナーとしての宿命──その筋書き通りよ。私は今夜、冷たいアスファルトに身体を打ちつけられて、死ぬ」
そう言って、霊夢は灰皿に煙草を押し込む。
私は覗き見ていた環状の夜──
これが、本当に世界に愛された者の思想──生々流転、万物の理──世界の輪廻に抗わない存在の思考回路。
これは理解されなくても無理はない。
だけど、私だけはきっとわかってる──自己満足としか言いようのない納得に私は自嘲し、煙草をもみ消した。
目の前には連続ヘアピン区間を示す、黄色い看板が迫っている──
─────
連続ヘアピン区間に突入した。
第一ヘアピン入口には「この先1.2kmの間七曲り 下り勾配10.1%」の表示。
霊夢さんはギリギリのライン──「インをデッドに攻める」その本当の解釈を示すようなラインで、第一ヘアピンに飛びこんでいく。
七曲りを全開で下る私たち──峠は下りが難しいというが、ここに関しては別格だろう。
ローリング族全盛期の頃でも、七曲りは上りがほとんどと聞く。
事実、ここの下りを「攻める」のは、それだけで自殺行為と言われても仕方ないことなのだ。
限界近くまで引きつけて、ブレーキング──
しかし──霊夢さんの突っ込みが速すぎる──捉えきれない。
立ち上がり──すこしワンダーがもたつく?
「──パワーバンドはこっちに分があるみたいだね。あっちはコースをよく知らない。霊夢は余裕を持たせて高めのギアで突っ込んだんだろうけど、そのおかげでよくわかった」
ワンダーの挙動を見て、諏訪子様が呟く。
「ええ。私のSR20の方がピークパワーで劣る分、どの回転数からでもそれなりに加速ができる……対し霊夢さんのB18Cは、ピークパワーを絞り出すために切り捨てた回転数の範囲がかなり大きいみたいです」
諏訪子様が首肯して続ける。
「うん。たしかあのエンジン、阪神環状仕様でしょ?しかもとびっきりピーキーな。回転数を極力落とさず、流れるようにすり抜けていく前提の設計だね、あれは……勝機は見えた?」
第二ヘアピンを脱出しながら、私は諏訪子様に頷きを返す。
突っ込みでは離されるが、立ち上がりでは近づく──距離は五メートル以上といったところか。
徐々にではあるが、差は詰まっている。
「ええ、諏訪子様。第五ヘアピンと第六ヘアピンの間で勝負をかけます」
「第五と第六……緊急待避所か」
「はい。ワンダーの右リアからヒットさせて、そのまま待避所の登り坂に突っ込ませます。その後は……シルビアをスピンに持ちこむつもりです」
諏訪子様はすこし思案した後、言葉を返す。
第三ヘアピンをクリア──ワンダーとの差は順調に縮まっている。
このペースなら、第四ヘアピンでバンパーをつつける距離に──第五ヘアピンで、ワンダーのリアにシルビアのフロントをかぶせられる。
「わかった。早苗ならできるよ。……頑張って」
私の代わりに、SR20がその唸りをもって諏訪子様の言葉にこたえる。
このエンジンで初めての全開走行──だけど、今夜がこのエンジンの最期になってしまうかもしれない。
もしかしたら、私の愛機S14シルビアも──「この子たちならわかってくれる」なんて自己陶酔めいた戯言で、私はごまかすつもりになれない。
これは私が選んだこと──シルビア、私はあなたよりも、霊夢さんを優先するの。
だから謝らない──だけど、どうか私に力を貸してほしい。
第四ヘアピンをクリア──予定通り、ワンダーは射程圏内だ。
長くはない時間とはいえ、ほぼ常時、超高回転領域で走り続けている。
SR20はお世辞にも耐久性の高いエンジンとはいえない──これが正常なバトルだったとしても、おそらくゴールまで走りきるのは無理だっただろう。
第五ヘアピン──これが真っ当な、ただ速さだけを競うバトルだったなら、きっと私に勝ち目はなかった。
これだけ絞り出して、なお届かない紅白のすがた──立ち上がり直前でシルビアのフェンダーがワンダーをかすめる。
VTECサウンドが肉薄する──間近に並ぶことではじめてわかる──この爆音を全身で浴びる距離ではじめて、あなたの意識に私は存在するのだと──
第五ヘアピン脱出──緊急待避所は目の前──
私はそのまま、ワンダーの右リアを強く左にプッシュした──
─────
────
───
──
──その時の光景は、目に焼きついて離れない。
シルビアの助手席を襲う衝撃と、フェンダーがひしゃげた音。
乗員にダメージが及ばず、しかし目的はきっちり果たせるプッシュ──早苗のアクションに、一切の不備はなかった。
シルビアにプッシュされたワンダーは、緊急待避所にまっすぐ吸い込まれていく──待避所両サイドのガードレールに刺さらず、しっかり坂道を乗り上げてくれれば──
……その懸念も、問題はなかった。
流石は博麗霊夢といったところか。
誤算はただ一つ──ワンダーのブレーキランプは光らなかった。
そのままアクセルを踏み抜いたワンダーは、登り坂頂点のガードレールにフロントから突き刺さり、「緊急待避所」の五文字を吹き飛ばした。
一瞬でワンダーのボディが三分の二に圧縮され、その勢いのまま待避所の向こうに吹き飛んでいく。
空中で一回転したワンダーは、そのまま第六ヘアピンの石壁にルーフから激突──紅白の体積は元の三分の一になってしまっていた。
博麗霊夢の生存は絶望的だと、一目でわかる光景だった。
ここまでが第二部となります
次話から第三部です