いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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第三部
三途最速のヤンマー


「お、お目覚めかい」

 

博麗霊夢が目を開けると同時に、前方からやや低めの声が投げかけられる。

ちゃきちゃきと快活な声──霊夢には、この声の主に覚えがあった。

 

「──あんた、小野塚小町?」

 

「そうだよ、あたいは小野塚小町。着くまではしばらくあるから、クーラーボックス──そこの青い箱から好きなのとって飲んでなよ。ウェルカムドリンクってやつさ」

 

霊夢はぼんやりと覚醒しつつある視界に、小町と名乗る女性を捉える。

この人物について、霊夢には覚えがあった。

 

小野塚小町──此岸(しがん)から彼岸(ひがん)へと死者の魂を運ぶ船頭。

いわゆる死神だ。

 

小町は幻想郷を担当する死神であり、しばしばミスティアの屋台で目撃されている──サボりを取り締まる上司の閻魔とセットで。

 

霊夢は小町の指した箱を開ける──見事に酒しか入っていない。

さしたる反応もせず、霊夢は無言でハイネケンの缶を開け、飲み始める。

 

「いい飲みっぷりだねえ。どれ、あたいも付き合おうかな。顔見知りでかつ、口がきける客は貴重でね」

 

そう言って小町は赤い髪を揺らしながら振り向く。

携えていた大鎌を船の縁にかけ、霊夢の向かいにどかりと座りこむ。

 

どれ、と呟きながら小町は手近の巾着をあさり、「鬼ころし」と書かれた紅白の紙パックを取り出した。

銀色のシールをめくり、ストローを挿して小町は一口飲む。

 

「小町、なにそれ。……牛乳?」

 

霊夢の言葉に小町はからからと笑う。

 

「目覚めて二つ目の疑問がそれかい?まあ、博麗の巫女らしいっちゃらしいか。普通『ここはどこ?』とか聞くもんだと思うけどね。これは安いポン酒だよ。昔はワンカップ酒くらい飲めたんだけどね……地獄の財政難があたいらの懐に直撃したのさ。家じゃ4Lの甲類焼酎だよ」

 

ふーん、と言いながら霊夢は再びハイネケンを一口飲み、あらためて口を開く。

 

「……聞いてほしそうだから聞いてあげる。ここはどこ?」

 

「答えてほしそうだから答えてあげるよ。お察しの通り、ここは彼岸と此岸の境目。……三途の川とはすこし違うかな。あれは仏教圏の管轄区域の名前だけど、ここはすこーし違うんだ。目を凝らしてごらん」

 

小町は立ち上がり、船の周囲に向かってぐるりと水平に腕を振る。

霊夢も立ち上がってあたりを見渡す。

 

一面には(もや)がかかっており、船が進む(みち)もまた、煙とも水ともつかぬものに満たされている。

水路と思しき船の進むそれは、幅にして百メートルほどだろうか。

両岸には、砂色の四角錐や玉ねぎ型のドームを乗せた建築物、朽ち果てた石造りの砦、複雑な紋様が刻まれた暗灰色の寺院──時代や地域、文化さまざまな景色が広がっている。

 

「いわゆる三途の川ってやつは、わりとどこの文化圏にもあってね。管轄区域によってその川の名も、役職名も変わるんだ。たとえばギリシャ世界ならアケローン川、船頭はカローンって具合にね。地獄も最近流行りのジョブローテーション制を導入したから大変なんだよ。まあ、大変なのは総合職採用の奴だけで、あたいみたいに地域限定採用なら困ることないんだけど。やりがい搾取ってやつ?給料全然変わらないのに、転勤した途端新人扱いだなんてたまったもんじゃないよ──」

 

霊夢が景色を見つめながらビールを飲んでる間にも、小町は延々一人で喋ったままだ。

話の流れを一切無視して、霊夢は疑問を放つ。

 

「ねえ、私死んだんでしょ?それはそれでいいんだけど、なんで三途の川じゃないの?死んだのは箱根だから仏教圏だし──幻想郷管轄のあんたが来るのも変な話よね」

 

話を遮られた小町は気を悪くする様子もなく、霊夢の疑問に答える。

 

「まず、担当する死神は死者の国籍・本籍・住所・信仰その他諸々を総合的に判断して決まるんだけど……あんたは博麗の巫女だから、箱根で死のうが火星で死のうが魔界で死のうが、担当はあたい。そして幻想郷は本来『三途の川』なんだけど、あんたはちと特例でね……ここはどの管轄にも当てはまらない路線なんだ。しいて言うなら、業務路線ってとこかね。地獄の職員以外がここに来ることはめったにないよ」

 

「ふーん?なに?もう次の仕事を斡旋してくれるの?巫女から今度は死神ねえ……」

 

「あー、それはちょっと違うかな。採用希望なら年一回試験やってるからそれ受けて。薄給だからおすすめしないけど」

 

霊夢は二本目のハイネケンを開けながら、小町の言葉に応じる。

 

「冗談よ。死んでまであくせく働くのはごめんだわ。……あんたの上司の指示ってわけ?」

 

「合ってるけど、そんなに嫌そうな顔しなくていいよ。あんた、四季様のこと想像してるんだろ?大丈夫。説教はしないし、割と気さくな方だから」

 

「四季映姫・ヤマザナドゥ……紫『が』苦手意識持ってる存在ってのも、珍しいわよね。『紫に』なら珍しくないけど。……そう考えたら、閻魔のこともすこしは好きになれそうだわ」

 

小町はそれを聞いて、すこし目を細める。

 

「それならよかった。……四季様はたしかにうんざりするくらい説教が多いけど、あの方くらい閻魔の職務に忠実な方もそうはいないからさ。中途採用だから、古参の閻魔にナメられないようにって気持ちもあるんだろうね。……ああ見えて、寂しがり屋な方なんだよ。職務柄厳しいだけで、本当は優しくてかわいい人なんだ。サボると怖いけどね」

 

そう言って小町は立ち上がり、霊夢の脇に立つ。

 

「そういえば……気になってたんだけど、それなんなの?」

 

霊夢は船の後部に取り付けられた小さな箱を指差す。

箱からは短いレバーが突き出ている。

 

小町はレバーを握りながら霊夢の問いに答える。

 

「なにって……エンジンだよ。……あんた、VTECに耳やられちまってるね?スローペースとはいえ、ずっとこの船はエンジンで推進してたんだけど」

 

「……魔法かな、くらいに思ってたの。メーカーはホンダ?」

 

「うんにゃ、ヤンマーだよ。あたいのヤンマーは三途の川最速なのさ。……そろそろ急がないとね。あんたスピードで死んだんだ、このくらいで()を上げるんじゃないよ」

 

そう言い放って、小町はヤンマーのスロットルレバーを強くひねる。

フロントをリフトさせながら加速した渡し船は、一瞬で点と消えていったのだった──

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