いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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解けないパズル

「──これでよかったんでしょうか」

 

「……一応聞くけど、なにがかしら」

 

四季映姫・ヤマザナドゥのこぼした呟きに、ヘカーティア・ラピスラズリが反応する。

博麗霊夢がこの部屋を去って、およそ半刻ほどが経過していた。

 

「博麗霊夢の処遇です。……私は正直、現世に戻すことなく、そのまま『すべて』地獄行きにすべきだったと思います。ヘカーティア様が最終決定した以上、私にあれこれ言う権利がないのは承知していますが」

 

「いいのよん。私はもっとフラットで風通しの良い地獄になってほしいと思ってるから、正直な意見が聞けて嬉しいわ。……それは、霊夢ちゃんの業があまりに深すぎるから?」

 

「……否定しません。八雲紫は伝えていないようですが、博麗霊夢に潰されたパトカーの乗員のうち、一名は警察官として再起不能になり退職しました。幻想郷の『走り』の潮流が、外界に多大な迷惑をかけているのは事実です。……特に、霧雨魔理沙の事故が起きてからは、ひどいものです。博麗霊夢とフランドール・スカーレット──主にこの二人によって、阪神環状と首都高はもはや戦場と化しています。……閻魔の私が気にすることではありませんが、しかし──」

 

映姫は緑茶サイダーの缶を握りしめながら続ける。

 

「──私個人としては、博麗霊夢はもう『走り』から降りるべきだと思っているんです。無間地獄行きは避けられませんが、博麗の巫女としての功績もあります。だから──」

 

「──『無間地獄は名目にして、私の保護下に置くこともできた』……映姫ちゃんはそう言いたいのよね、立場的に言えないだけで。やっぱり地蔵あがりは違うなあ。中途採用導入してよかったって、あらためて思うよ」

 

映姫の消え入りそうな「茶化さないでください」と言う声を、ヘカーティアは軽く流しながら続ける。

 

「……何者にも何事にも染まらず白黒つけられたあなたが、いまこうして揺れている。博麗霊夢がいままで、そしてこれから走るのは、その『揺らぎ』があるからだわ。……案じているんでしょう?四季映姫。あの子が手足を失う苦痛以上に、内面に『人間として当然の』欠落を感じてしまうことを。そして、それが無間地獄以上の苦痛になりうることを」

 

「……そうです。博麗霊夢は今まで欠けるところのない存在でした。『欠如も欠落もない』ことは、裏返せば人間として一番の欠如であり、欠落です。博麗霊夢はそれを、身をもって知ることになるんです。……私は、公平公正に断罪することを是としています。つまり、適法適量の刑罰を。故に、この『解けないパズル』は行き過ぎていて、すなわち『黒』だと私は考えています。……すみません、聞かなかったことにしてください」

 

「私は何も聞いてないわ。あなたはちょっと、独り言が多いだけ。……でも、きっと大丈夫。だってこの物語は『主人公不在』じゃいられないはずだから。……霊夢ちゃん、気づいてくれるかしらねえ」

 

 

─────

 

 

「帰り方は扉を出たらわかる……って言われたけど、ここって……」

 

クラウンピースの案内で、ダイヤル付きの扉を開けた博麗霊夢。

視界に飛びこんできたのは、簡素な食堂の受渡カウンターと、こじんまりとした飲食スペースだった。

 

博麗霊夢はこの場所に覚えがあった。

ここは──

 

「──阪神高速。朝潮橋PA……」

 

霊夢は軽くまわりを見渡してみる。

食堂は閉まっているが、室内の灯りはついたままだ。

はっとして後ろを振り返るが、入ってきた扉はない。

 

飲食スペースそばの窓に駆け寄る霊夢。

安治川は夜闇に閉ざされているが、桜島方面には街の灯りが揺らめいている。

駐車場にはクルマは一台も──いや──

 

「あれは──私のワンダー?」

 

疑問を一旦呑み込み、霊夢は急いで駐車場に降りる。

 

間違いない。

間違うはずがない。

これは霊夢のワンダーシビック──環状の素敵な紅白ワンダーだ。

 

霊夢はドアを開ける──鍵はかかっておらず、キーシリンダーに挿さったままだった。

霊夢はクラッチとブレーキを踏み、キーを回す。

懐かしい──しかしアイドリングに違和感を覚えた霊夢は、エンジンがかかったこと、そしてワンダーが無事なことを脇に置いてボンネットを開いた。

エンジンルームにおさまっていたのは──

 

「ZC……B18Cに換装する前のエンジンだわ。間違いない。だって──」

 

ヘッドカバーには不器用な紅白の塗装が為されている。

 

「──こんなペイント、他に見たことないもの。熱で変色しちゃうことくらい、わからなかったのかしらね。下手くそだし。……色は綺麗になってるけど」

 

霊夢はボンネットを閉め、運転席に乗り込む。

ヘッドカバーのペイントは、ワンダーが霊夢のもとにきたとき、魔理沙が施したものだった。

手頃なスプレー缶でとりあえずぶっかけただけの塗装──走り始めてすぐに、紅白のペイントは褪せて(まだら)のサーモンピンクになってしまった。

 

霊夢は無言のまま、シートポジションを合わせる。

ミラーを調整し、四点シートベルトを締める。

シフトノブを左右に軽く振る。

クラッチペダルを踏み、アクセルをふかしてみる。

ブレーキペダルの感触を確かめる。

ホーンボタンを見つめ、霊夢は一度、ステアリングを両手で強く握る。

 

「ごめんね」

 

霊夢は静かに呟き、クラッチを切る──シフトをローへ。

アクセルをあえて2000回転までふかし──クラッチをゆっくりと離す。

丁寧な半クラッチ──はじめてこのワンダーに乗った夜を、霊夢は思い出していた。

 

発進する瞬間、霊夢は助手席をちらと見た──そこに見慣れた金髪はない。

──霊夢は一瞬だけ目を伏せる。

ローで繋ぎきる前にクラッチペダルを再び踏みこみ、セカンドにギアを入れる。

そしてそのまま、朝潮橋PAを飛び出した──

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