「──ついていけてる?」
霊夢が黒いFDに遭遇、走り出して数分が経過していた。
博麗霊夢ほどの走り手になれば、相手の力量やマシンスペックは一分もかからずに理解できる──霊夢の場合、数値データではない、あくまで直観的な理解だが。
「不思議だわ……お互いにきっちり踏みきってるのに……。パワーは向こうが二、三倍……いや、多分それ以上出てる。アザーカーのいない状況でついていける相手じゃないのに」
霊夢はそこまで考えて、考え込むのはガラじゃないと思考を投げ捨てる。
見た限りでは環状だが、ここが彼岸か此岸か、
これだけ走って燃料切れの一つも起こさない時点で、パワー差の不思議を論じても仕方がないのだ。
中之島のタイトなS字に差し掛かる──FDは大きくリアを振り出しながら、緩やかな右への旋回姿勢をつくる。
「上手いものね」
左のリアをわずかに軋ませながら、バランスよく無駄なく、FDはトラクションをかけていく。
高回転域を維持したまま、右に、左に、右に──リズミカルに二台のマシンは中之島のタイトなコーナー群を駆け抜ける。
霊夢は三コーナーを流麗に繫ぐライン取り──対しFDは、コーナーをひとつひとつ継いでいくように、一瞬「タメ」をつくって旋回する。
中之島S字最後の右を抜けながら、霊夢はいつもの癖で、左のサイドミラーに目を向ける──コーナー出口で環状線に11号池田線が合流するのだが──
「──あれは?いままで他のクルマはいなかったのに──」
池田線から一台のマシンが撃ち出される──速い──ヘッドライトの配置からして華奢な体躯だが、霊夢が知らない大パワーと加速──
霊夢が疑問に思ううちに、そのマシンはワンダーに一瞬並び、そしてFDの背後にピタリと張り付く。
マシンは赤いS15シルビア。
派手なディフューザー付きフルエアロに、二枚羽のGTウイング。
素人目に見ても、かなりのハードチューンだ。
その加速も、SR20ターボの常識からかけ離れている。
霊夢は呆然とシルビアを見つめる。
それは、その性能に驚愕したからではない。
霊夢には、シルビアを駆るドライバーに覚えがあった。
「──レミリア?」
どうしてここに?
霊夢がそう思うが早いか、シルビアが強い殺気を放つ。
FDの左からオーバーテイクするつもりらしい。
──殺気。
霊夢は戦慄する。
クルマを走らせていて初めて感じる感情──「恐怖」がそこにはあった。
それは、法外なスピードの中で事故を起こし、結果死ぬ──そういった類の恐怖ではない。
「殺し殺される」──命を奪われる恐怖だ。
レミリアが抜きにかかる瞬間、FDが加速する。
ブースト圧の立ち上がりが視覚的にわかるほどの、暴力的な加速。
霊夢は震えながらも、無意識にアクセルを深く踏みこむ。
「命のやりとり」「バトル」──いままで自分の触れてきたそれらの言葉が、いかに比喩的で生ぬるかったことか。
そして──引きつけられる──
本気で相手を
FDとシルビア、二台のマシンがもつれ合い、絡み合いながら加速していく姿を、霊夢はワンダーとともに観測する。
FDがやがてシルビアを引き離しながら、北浜コーナーに飛びこんでいく。
「──ついていけない」
霊夢の目には涙──それがまるで、「後ろに向かって飛んでいくように」霊夢は錯覚していた。
それがなぜなのか、霊夢にはわからなかった。
だが霊夢は、今夜がワンダーとのラストランになることを、直感で理解していた。
ワンダーのボディが、そしてエンジンがもはや息も絶え絶えであることを、霊夢は理解していた。
ボディが軋む──これが本当に最後だ──
「……いくわよ、ワンダー。北浜180──トライ──」
─────
────
───
──
霊夢は沈痛な面持ちで、東
先行していた二台のマシンはもはや、影も形もない──すべて幻のように消えてしまった。
「……初めて。最後が悲しくなるなんて」
霊夢はぽつりと呟く。
北浜180トライを最後に、霊夢は4000回転以下でワンダーを走らせていた。
もうこれ以上は、いつ壊れてもおかしくない。
──終わりならせめて、綺麗なままで。
霊夢のそうした気持ちが、高回転域を拒否していた。
あんな終わりを、自分で選んでおいて──
七曲りの夜を思い出し、霊夢は自嘲気味に目を伏せる。
その瞬間、バックミラーが明るく照らされる。
確認するより先に、一台霊夢の前に躍り出る。
そのマシンはR32型スカイラインGT-R──霊夢もよく知る、ブラックパールの32R──
リアサイドのRのバッジが、悪戯な瞳で霊夢に笑いかけた──