突如として現れたブラックパールの32R。
リアウィンドウ越しにドライバーの姿は見えないが──霊夢には一人しか心当たりがない。
──しかし、なぜ?
32Rは、霊夢が疑問に思う時間すら与えずに加速していく──夕陽丘ストレート──
霊夢は皮肉だと唇を歪める。
本当は穏やかな死を迎えてほしかった──ワンダーにも、そして魔理沙にも──
ここに現れたのは幻影?どっちでもいい──あの夜に失われたあのマシンがいまここにいる──小賢しい理屈なんてすべて吹き飛ぶ──
スカイラインGT-Rの特徴的な四灯テール──血が騒ぐ──「仕留めてみろ」と言わんばかりに、挑発的なテールランプだ──
霊夢はアクセルを踏む──フィーリングが変わった──
VTECサウンドが甲高く響き、ワンダーのコクピットに飛び込んでくる。
爆音のナイフが隙間なく霊夢を突き刺す──霊夢は思わず唇を弧に歪めていた。
「これは──B18C、環状SPL──そうよね、知ってしまった以上もう──降りられない──」
霊夢は濃密に循環する感情を受けとめる。
この永遠にも等しい一夜のなかで、霊夢は環状にうごめく魔と、その一部にすぎない自分の役割を感じとっていた。
死の前と後、自分があまりにも別モノで、いま自分はかつてないほどに「完成している」と、霊夢は理解していた。
「一は全──全は一──」
霊夢はすこしずつ「わかっていく」。
その理解のすべては、霊夢の存在に収束し──走りとして発散する──
夕陽丘ストレートを踏み切った二台のマシンは、そのままえびすJCTを直進する。
アクセルはゆるめない──人の絶えた大阪の夜空を、二台のエキゾーストが満たしていく──
─────
────
───
──
インターを降りきった瞬間エンジンはブローし、ボンネットからは白煙が吹き出していた。
ギアをニュートラルに入れ、霊夢は惰性で走行──そのままコンビニの駐車場へ。
あの32Rがここにいることはわかっていた。
喜連瓜破の街に灯りはなかったが、霊夢は確信していた──魔理沙と走った最後の環状の夜、「役割」を説いたあのコンビニ──
霊夢は息絶えたワンダーを白線におさめ、32Rにもたれかかった金髪の女性に駆け寄る。
──覚えのある金髪だが、肌は嫌に青白い。
「……魔理沙?」
「おす、霊夢。……久々の再会にしちゃ気軽すぎるか?私は霧雨魔理沙さんだ。……お前の親友の、魔理沙だよ」
魔理沙と名乗った女性は、ゆっくりと霊夢を振り返り、右手を上げて応じる。
「あんた──生きてたの?」
「いや、私は死んだよ。半年前に、冥界ハイウェイで。お前も見ただろ?」
「でも……あんたはここに──」
魔理沙は首を左右に振る。
──こころなしか、生前より落ち着いているように霊夢は思う。
「……聞きたいことは色々あるだろうから、手紙を書いておいた。スキマ妖怪に預けてあるから、それを読んでくれ。あまり時間がないからな」
そう言って魔理沙は空を見上げる──星一つない、黒よりも黒い、夜そのものを塗りたくったような空。
「ここは──そうだな、彼岸でも此岸でもない、精神世界みたいなもんだ。にしても、環状に出るとは──お前どんだけだよ」
くっくと笑う魔理沙に、霊夢は反論しようとするが──魔理沙は右手で制して続ける。
「なんか他のも干渉してるみたいだったから、私も介入させてもらった。──レミリアのシルビアと、黒いFDに遭遇したろ?あれのことさ。……おっと、そろそろか」
魔理沙の身体が少しずつ透けている。
霊夢も自分の身体を見る──こちらも透け始めており、周囲は白く発光し始めている。
「まずは手紙を読んでくれ。そしてなお私に会いたければ、首都高に上がってこい。お前はこれから現世に戻るが──」
魔理沙は厳しい顔になる。
「──左腕と右足は失われる。おそらく、今夜の記憶もだ。……ワンダーも既に廃車だ。ここにあるのはあくまで思念体──イメージだからな。皆まで言う必要はないだろ。手紙を読んで、それでも、と思うなら上がってこい。……お前はさっき、なにかを掴んだんだろ」
そこまで言ったあと、魔理沙は霊夢に聞こえない声量で「一は全、全は一」と呟く。
そして、顔を緩める。
──あの頃の少女の顔で。
「──待ってるぜ、霊夢。お前の答えを、私に見せてくれ」
「待って魔理沙──私はまだあんたに──」
霊夢は魔理沙に左手を伸ばす。
そのとき、まばゆい光が視界を満たした。