いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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鈴仙の怒り

「魔理沙──」

 

博麗霊夢は勢いよく起き上がり、左手を伸ばそうとする──伸ばしたはずの左腕は、そこにはなかった。

 

こっくりこっくりと船を漕いでいた鈴仙・優曇華院・イナバは、突然の叫び声に飛び上がる。

 

「──っ!びっ……くりした!霊夢!目覚めたのね!」

 

「……鈴仙?そっか……帰ってきたのね」

 

霊夢はそう言いながら、左腕があった場所にそっと右手を当てる。

左足で右足を探り、やはり「無い」のだとため息をつく。

そのまままわりを見渡す──見覚えのない八畳ほどの和室に、布団。

鈴仙がいるということは、ここはどうも永遠亭らしい、と霊夢は結論づける。

 

「帰ってきた……?記憶が混濁してるのかしら。霊夢、なにがあったかあなた覚えてる?」

 

心配そうに問いかける鈴仙に、霊夢は記憶を探りながら答える。

 

「たしか、箱根で早苗とバトルして……緊急待避所に突っ込んだことは、なんとなく覚えてる。そして……魔理沙に会った気がする……魔理沙?魔理沙って……誰?」

 

霊夢の言葉を受けて、鈴仙は青ざめる。

そして、霊夢の瞳を至近距離で覗き込んだ。

 

「ちょっと、なによ」

 

「……狂気を植えつけられた痕跡はないわね。一時的な記憶喪失?事故のショックかしら。……ううん、考えても仕方ないわ。お師匠様の意見を仰ぎましょう」

 

鈴仙は一人でぶつぶつと呟き、霊夢に語りかける。

 

「そうね……どこから話したらいいかしら。まず、あなたが早苗とのバトルで事故したのは本当。八雲紫が意識不明のあなたを運びこんだときはぞっとしたわ。……応急処置は施してあったけど、あなたの左腕と右足は間に合わなかった。ごめんなさい」

 

「……なんであんたが謝るのよ。私の自業自得じゃないの?」

 

「……鈴仙・優曇華院・イナバ個人として言うなら、その通りよ。走り屋としても、自業自得だと思う。……でも、医療従事者としては、やっぱり責任を感じずにはいられないのよ。咲夜なんて……」

 

「……咲夜がどうかしたの?」

 

霊夢が静かに問うと、鈴仙の瞳が真っ赤に光る──怒りと悲しみがない混ぜになった表情で。

 

「咲夜は──あんたに責任を感じてた!自分が魔理沙を止められなかったからだって──そして霊夢が魔理沙の後を追って──って!」

 

「魔理沙は関係ない──っていうか、魔理沙って誰よ──」

 

「咲夜はいつも、背負(しょ)いこまなくていい責任ばかり背負いこんで!あんたに咲夜の苦しみがわかるの!?魔理沙を止められなかったからって、ただでさえ追い詰められてたのに、あんたまで!あんたが事故って運びこまれたときの咲夜、とても見てられなかった!魔理沙を助けられなかったから、霊夢、あんたまで自分が死に追いやったんだ、って!……そしてあんたは魔理沙のことを──……ごめんなさい。記憶が混濁してるんだったわね」

 

鈴仙はそこまで言うと、苦々しげな表情で黙りこむ。

記憶が混濁してるのなら、責めるのは医療人として違う──しかし、感情に折り合いはつかない。

 

いっそそのまま死んでおけばよかった──本当はそう言ってしまいたい、と鈴仙は思う。

妖夢だったら──きっと「落ち着いて、鈴仙」とだけ言うのだろう。

「落ち着け」とも「そうだね、死んでおけばよかった」とも──「鈴仙、それはひどいよ」とも言わないだろう。

 

黙り込んだ霊夢に対し、鈴仙は立ち上がり背を向けて口を開く。

 

「お師匠様を呼んでくる。聞きたいことはお師匠様に聞いてちょうだい。……私は咲夜に、『目覚めた』って報告してくるから」

 

「わかった。……苦労かけるわ。ごめん」

 

霊夢の思わぬ謝罪に、鈴仙は小さく舌打ちをする。

 

「……やめてよ。そういうこと言われると、怒るに怒れないじゃない。……本当は、もう目覚めないんじゃないかって思ってた。だから……帰ってきてくれて嬉しいし、ほっとしてる」

 

「……ありがと、鈴仙。いい母親になるわね、あなたきっと」

 

「……うっさい、馬鹿死ね」

 

鈴仙は言い終わるが早いか、そのまま部屋を後にする。

霊夢は布団をめくり上げ、かつて右足があった場所を見つめていた。

 

「──もう、アクセルは踏めないわね」

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