ストーリーの結末はぼんやり見えてきましたが、まだまだ先は長いです
ゆるりお付き合いください
「それで──結局、咲夜には会えなかったんだね。鈴仙に居留守使うことはないだろうし、きっと本当に外出してたんだと思うよ?」
ドライブイン夜雀──午後六時
紙コップのお汁粉を飲みながら、対面の妖夢がそう答えた。
私はセピア色のテーブルをなぞりながら口を開く。
「でも……小悪魔さんまで咲夜の行き先を知らないって、変だよ。咲夜ってほら、報連相には几帳面なタイプだし。……ごめん、『相』は違うかも」
「うーん……たしかに咲夜は、悩みとかの相談はあんまりしないタイプかもしれないね。でもさ、霊夢が事故したときは、私たちにきちんと話してくれたじゃない。魔理沙のこと含めて、すごく気持ちが追い詰められてるって」
「まあ、そうなんだけどさあ……だからこそ、『霊夢が目覚めた』って一番に伝えたかったの。そう思ってたのに、肝心の咲夜は捕まらないし……子供っぽいのかなー、私。思い通りにいかなかっただけで、なんだかナイーブになっちゃってる」
私は紙コップのコーヒーを、プラスチックのマドラーでかき混ぜながら妖夢に問う。
自販機のコーヒーははじめから混ざってる──だからマドラーはいらないのに、意味もなくつい手癖で混ぜてしまう。
「そうだね……でもさ、鈴仙はあのときの咲夜を見て、そして早く、霊夢が生きてることを伝えたいって思ったんでしょ?伝えて安心させられなくて──それに不満を覚えることはきっと、同じところからきた行動だって私は思うの。感情的な行動力は、鈴仙の優しい長所だって私は思うな」
妖夢は紙コップを両手で包んだまま、私の目をまっすぐ見てそう答える。
こういうときの妖夢は、なんというかとても──
「──大人なのね、魂魄妖夢。見た目はうちの鈴仙より幼いのに……あなた隠し子とかいたりする?」
私の思っていたことをそのまま引き継ぎながら、姫様がオレンジジュース片手に私の隣に腰かける。
ドライブイン夜雀にはオレンジジュース専売の自販機が置いてある。
機械の上部に噴水型のディスプレイ*1が設けられており、目に楽しく購買欲をそそる人気商品だ。
珍しいものや新しいものが好きな姫様らしいチョイスだと、私は思う。
姫様の問いに、妖夢は笑って応じる。
「隠し子なんていませんよ。まだ私には先の話です……そういえば、ゲームコーナーはどうでした?」
「なかなか楽しかったわ。あのスペースインベーダーとかいうのは特に面白いわね。月人の私が
姫様は目を細めて薄く笑う。
「うーん?」という顔で止まった妖夢に、私は助け舟を出す。
初対面なのに、姫様はこういうところは遠慮がない。
「……はいはい、姫様。あんまり妖夢を困らせないでください。真面目なんですから、妖夢は」
「あなたの方が困らせてるでしょうに……現在進行形で。咲夜に会えなかったのは残念ね。私は異変でちらと関わったくらいだけど、ロータリーフリークって聞いたら尚更興味が出てきたわ。ロータリー乗りは少ないし、親近感」
「同好の士って、いいですよね。私もスーパーチャージャー仲間欲しいなあ……。表に停まってたあのクルマが、輝夜さんのマシンなんですよね?……初めて見るクルマですけど、ロータリーなんですか?」
たしかに、見たことはないだろう──なにせ、市販されたことのないマシンなのだから。
妖夢の問いを受け、「興味があるなら紹介するわ」と姫様が立ち上がった。
─────
「さて……妖夢、あなたこのクルマ、なにかに似てると思わない?」
一台の白いクルマを前に、姫様が問う。
「コスモスポーツ……ですかね。でも、フェイスが違うし……ルーフの形がロードスターっぽいような……」
「なかなかやるわねえ、あなた。鈴仙なんて簡単に騙されてくれたのに。……このクルマは『コスモ21』。すこし前のオートサロンで発表された、マツダのコンセプトカーよ。それを月の技術で再現・アップデートしたの。ベースはNB型のロードスターね」
そう言いながら姫様はコスモ21のボンネットを開く。
「オートサロンに展示されたコスモ21は、NBロードスターにコスモスポーツ風の外装をかけて、エンジンをロータリーに換装したものだったの。搭載されたエンジンは
「うーん……タービンがついてるわけじゃないし。このサイズなら3ローター化もないですよね。……すみません、お手上げです」
まあ……そうだろう。
おそらく咲夜でも、一目見ただけではわからないと私は思う。
「燃料がね、違うのよ。このコスモ21は水素で走るの。月の技術で小型カートリッジ化した水素タンクを搭載してるわ。いわゆる『水素ロータリー』ってやつ。そこにNOS*2をかけて最大333馬力ってとこね。外装も月の技術で作った特殊プラスチック、金属部はヒヒイロカネ・アンオブタニウム・神珍鉄*3を最適なバランスで使用してるわ。まさしく、幻想かつ伝説、そしてはてなき未来の体現──私にふさわしいマシンね」
「初めて聞きました。水素ですか……そういえば、最近はガソリン以外の燃料も外界では登場してるみたいですよね」
妖夢がそう言うと、姫様は静かに頷く。
「まだ試作段階だけどね。……化石燃料はいずれ底をつくし、この
姫様が問うと、妖夢は思わぬ質問に驚きつつも答えを返す。
「えっ?……私は、それはすこし寂しいって思います。──クルマから学んだことはたくさんあるし……なにより、エンジンがないAWなんて、私には考えられないです」
姫様は「スーパーチャージャーもでしょう?」と笑いながら、鈴仙はどうかしら、と投げかける。
私は、月で見てきたものを振り返りながら答えをしぼり出す──姫様が聞きたいのはきっと──
「私は──それもひとつの
姫様は満足げな瞳で私の言いたいことを引き継ぐ。
「──月人は変化を穢れとして拒否するようになった。永久機関の実現だけが理由じゃないけれど、それが月人の進歩を止めたのは事実だわ。変わらないこと、進歩の拒否。失うことをやめた代わりに、手に入れることも諦めた──それは魂の堕落のはじまり──」
言いながら姫様は月を見上げ、妖夢もつられて顔を上げる。
「いまを精一杯走りきるのは大事だわ、鈴仙、妖夢。いつか終わることを喜びなさい。終わりの始まりに立つことを、なによりの幸福と信じなさい。──ガソリンの爆発を、ペダル越しに感じる時代はいつか終わる。私たちが時代のアスファルトに刻んだスキールは永遠じゃない──だから私たちは、きちんとクルマと走りを愛せるのよ」
姫様はそう言いながら、コスモ21に乗り込み、キーを回す。
「鈴仙、私はすこし一人で走ってくるわ。あなたは妖夢と遊んできなさいな。妖夢、お願いできるかしら?」
考えこんでいた妖夢は、姫様の言葉にはっと顔を上げる。
「あっ、えっ?──わかりました。お気をつけて」
「──いい子ね、妖夢。貴女はきっと綺麗になるわ。また遊びましょう」
そう言って姫様は走り去っていく。
そのテールランプを二人で見送りながら、私は呟く──おそらく妖夢の聞きたい答えを。
「──姫様は、蓬莱人だから。いつか終わること以上に、幸いなことはないんだよ」
「うん──輝夜さんが言いたいことがすべてわかったか、私にはわからないけれど……」
そこで妖夢は言葉を切り、口を一文字に結ぶ。
そう──それ以上は蛇足なのだ。
終わった者、終われない者、終わる気がない者──スピードの魔に魅入られた者たちのことを私は思う。
私と妖夢は、速さの浅瀬に留まっている──しかし、咲夜は?
魔理沙は死に、霊夢は手足を失い、早苗は消息不明──咲夜も行方不明で、紅魔館には不穏な気配が漂う。
私たちが「この」黄昏時に立ち止まっているのは、はたしてなんのためなんだろう──
夜闇に飛びこんでいく最高速度──そのロータリーサウンドに、私は静かな祈りを捧げていた。
月が高くなっていく──