「NA……キャブ?」
私はFDのエンジンルームを前に、こいしに聞き返していた。
FD3Sは純正でシーケンシャルツインターボ*1、インジェクション制御*2だ。
それじゃあまるで──
「──デチューン。というより、時代に逆行してるかな。純正でその組み合わせだったRX-7は、初代SA22C型だけだからね。255馬力でデビューした後、自主規制いっぱいの280馬力に到達──もちろん、その背景にあったのはターボパワーの恩恵。インジェクション制御は安定したパフォーマンスを約束してくれる。実際、このFDは手間がかかるし、200馬力くらいまでパワーダウンしてる。──だけど咲夜、それって大事なことなのかな?」
「──大事な、こと?」
私が聞き返すと、こいしは悪戯な瞳でお嬢様を見──お嬢様も苦笑する。
どういうことだろう。
せっかく持って生まれた良さを捨てて──しかも、スポーツカーとしておそらく最も重要視される「速さ」を捨てる、その意味?
私が考えていると、ミスティアさんがくすくす笑いながら助け舟を出してくれる。
「こいしさん、いけませんよ。ロータリー乗りが意地悪みたいじゃないですか」
「だってさあ──考えるのって大事だよ?」
「こいしあなた、そういうところあるわよね。謎かけして、考えこませるようなやり方。私とミスティアはもう慣れたけど。さて、『意味』だったかしら──咲夜、それはね。コンセプトの違いなの」
お嬢様はそう言って、私をじっと見つめる。
「RX-7は、その時代ごとのスポーツカー像を切りとってきたクルマともいえるわ。ある意味では時代の象徴だし、ある意味ではブレている。SAは手頃。FCは速い。FDは高級。イメージ自体に一貫性があまりないクルマだわ。ロータリー・スポーツってとこは一緒だけど、上乗せされたコンセプトがバラバラなの。そして、大抵のセブン乗りは『ロータリー』のスポーツであることを強調する方に向かうわ。でもミスティアは──」
ミスティアさんが頷き、続きを話し始める。
「FDの『高級』を極めようと思ったんです。FDって、初期型と最終型で結構売り方が違うクルマなんですよ。カタログをみたらわかります*3けど、デビュー当時は高級クーペ路線が強いんです。最終型はいかにも速い『スポーツカー』って路線ですね。それは外装や、純正色にもあらわれています」
そしてミスティアさんはFDのルーフに手を当てる。
「咲夜さん、ここを触ってみてください。夜だからわかりにくいかしら」
「ここですか?──これって……サンルーフ?」
「そう、サンルーフです。もちろん純正ですよ。私のFDはⅠ型のタイプXってグレードで──いわゆる高級グレードになりますね。サンルーフとレザーシートが特徴的だったグレードです。*4私のFDはそのうえで、5速ATに改造してあるんです」
「私のお姉ちゃんが提案したんだよ。余裕の走りにクラッチは不要、って。FDの純正ATは4速だから、別に用意することになっちゃったけどね」
こいしがそう言うと、ミスティアはくすくす笑う。
「だって──やっぱり妥協したくないじゃないですか。ずっと好きなクルマだったんですから。NA化したのも、NAロータリー特有の澄んだ高音を極めるため。すべては優美な高級ロータリー・クーペとして完成するためです。──もちろん、ピュアスポーツとしての走りにも妥協はありません。NA化された13Bエンジンはレブリミット1万回転──それをキャブのダイレクトレスポンスで回す快感。足回りも手間がかかってるんです」
「そこもお姉ちゃんのアイデアだね。高級クーペと、ピュアスポーツ──初期型FDのテーマって『相反』の両立だと私は思ってる。だから、普段乗りはNAロータリーのレスポンスと澄んだ高音を楽しむ高級クーペ路線。そして『走り』のときは──」
「『ここ』です。咲夜さん、見えますか?ルームライトつけましょうかね」
そう言いながらミスティアさんはルームライトをつけ、シフトレバー手前に3つ並んでいるボタンのうちのひとつを指差す。
「L/W……?ミスティアさん、このボタンは?」
「これは『ラストワード』モードに移行するためのスイッチです。いわゆる『走り』のモードですね。これを押すと、サスペンションのセッティングがホンダのタイプR並みのスパルタン仕様になります。そして、NOSウェットショットがアンロック──MAXで250馬力を発生します。……マフラーを換えたから、もっと出てるかも」
「あら、ひょっとしてそれが『商品第一号』?」
静かに話を聞いていたお嬢様が、ミスティアさんに質問をよこしながらFDの後ろに回る。
私もマフラーを見る──右出しのデュアルタイプ。
素材は──ステンレスだろうか?
「ええ、おかげさまで。無事に事業始められました。ありがとうございます、レミリアさん」
「いいのよ、響子によろしくね。……そういえば咲夜には言ってなかったかしらね。ミスティアがバンドをやってるのは、あなた知ってる?」
「えっと……たしか
そんな名前のバンドだった……と思う。
霊夢の事故以来、ほとんど紅魔館以外の人物と関わっていないから曖昧だけど。
「そ、鳥獣伎楽。その相方の
「ええ。このマフラーは、私と響子ちゃんの共同開発ですけど……『山の向こうまで響きながらも、草木の眠りを妨げない』がコンセプトです。『
「なかなか変わったネーミングね……まあいいわ、励みなさい。ちなみに、特注って受け付けてる?」
特注?
吸排気系に手を入れるマシンが、いま紅魔館にあっただろうか?
私のFCならそれこそ、如法暗夜シリーズでいいわけだし……私の疑問をよそに、ミスティアさんはお嬢様に応じる。
「ええ、大丈夫ですよ。レミリアさんの依頼なら、響子ちゃん喜ぶと思います」
「ありがと。それじゃあ、必要になったら連絡するわ。必要になるか、まだわからないのだけど」
お嬢様がそう言いながら手を振っていると、私の目の前にスキマの裂け目があらわれた──