スキマから一通の手紙──レミリアに渡して、とだけ書いてある──と、「咲夜ちゃんに差し入れ」と付箋が貼られたコンポタの缶が差し出される。
これはたしか、八雲紫の能力──私はそう思いながら手紙とコンポタを受け取る。
「紫から?」
お嬢様が私に問いかけたので、私はこくりと受け取りお嬢様に手紙を渡す。
「ちょっと読むわね。ミスティア、FDの車内借りるわよ」
お嬢様はそう言いながら、さっさとFDに乗り込み手紙を読み始める。
「コンポタですか?おいしいですよね、それ」
「おいしいよね〜。私もときどき、冥界ハイウェイで飲んでるよ。それ飲むために、冥界ハイウェイに行くようになったし」
私がコンポタを飲み始めると、ミスティアさんとこいしが話しかけてくる。
冥界ハイウェイ──魔理沙の事故以来、私はほとんどあそこに行っていない。
行ったとしても、下見をしたうえで一人でだ。
妖夢や鈴仙と会ってはいるが、魔理沙の事故以来一緒に走ってない。
コンポタを飲むのはいつぶりだろうか。
あれから、私がコンポタのボタンを押すことはなかった。
いつも隣の、おしるこのボタンを押してしまう。
「あっ……すみません、一本しかないのに」
「いいんですよ。……咲夜さんはまだ、ドライブイン夜雀には来たことなかったですよね。うちの自販機のコンポタは自家製なんです。よかったら、来てください」
「おいしいんだよ、咲夜。ほかにもね、トムヤムクンとか、
「褒めすぎですよ、こいしさん。……幻想郷の走りもいまは、ムードがすこし変わってしまいましたから。このくらいは、ね」
……ミスティアさんは多分、霊夢の事故について、遠回しに言ってるのだろう。
走りこそ盛況だが、いのちを削るように速さを求めるムードは、いまの幻想郷にはない──私は最近ソロでしか走ってないから、受け売りだけど。
ドレスアップと、使うことのない性能の向上──よく言えば自己主張、悪く言えば自己満足。
跳ね石の傷がないフロントバンパー、綺麗な塗装のブレーキキャリパー。
トレッドパターンだけの、グリップなんてしないエコタイヤ。
四点シートベルトとロールケージ──人間に近い種族の場合、ヘルメットとHANS*1はもはやスタンダードになりつつあると聞く。
外界の車検基準よりは緩いものの、安全基準を満たさないクルマは人里への進入が禁止された。
博麗の巫女が手足を失い、植物状態になった事実は重い──私がそんなことを考えていると、お嬢様がFDから降り、口を開く。
「咲夜。それにミスティアとこいし。──霊夢がさっき、目覚めたそうよ」
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「悪いわね、ミスティア。無理言っちゃって」
「いいんですよ、レミリアさん。咲夜さんの腕なら信頼できますし──『古明地チューン』の真価を知るなら、実際に乗らなくてはわかりませんから。私のFDでよければ、いくらでも」
ミスティアはそう言って、私にやわらかく微笑みかえす。
「そうだね。結局、実走が一番だよ。……レミリア、つまりこれは──咲夜のFCは私がやるってことでいい?」
「まだわからない──咲夜次第ね。あの子は魔理沙と霊夢の事故を通じて、完全に心が失速してしまった。こいし──あなたのREと対話して、ふたたび走るというのなら──私はもう迷わない。だけどもう走らないのなら、FCはこのままにしておこうと思う。こいし──あなたは、どう?」
私はそう言って、FCのボンネットを開く。
こいしはエンジンルームをちらと見て、答える。
「そうだね──私は、咲夜が望むならやりたいかな。私はね、チューニングを芸術活動のように捉えているの。私は咲夜のこころの針に従うよ。私は咲夜とFCのことが気に入ってるから、私の理由はそれだけで十分」
そう言って、こいしは一度言葉を切る。
「私はさ──咲夜の過去を知らないし、知るつもりはないの。だから私の『
運命の糸は、複雑に絡まり合っていた。
霊夢がいずれ目覚めることはわかっていた──それくらい、その運命は強固なものだった。
だけど──なぜ、いま?
最初はただ単に、咲夜を元気づけるため──そしてあわよくば、「こういう」ロータリーもあると知って、いのちを乗せた走りの世界から降りてほしかった。
咲夜は──ふたたび走り出す。
それもまた、強すぎる──そして、けして抗えない運命。
だけどなぜ、今夜?
霊夢が目覚めたタイミングは、最良で最悪だ。
咲夜の気持ちを思うとき、どちらも正解で、不正解だ。
私はそれが親と主人のジレンマだと、わかってはいるけれど──
私は唇を、二人に気づかれないように噛む。
如法暗夜のエキゾーストが、もみじラインを暗がりに染めていく。
咲夜はこの峠で、どんな答えを出すんだろう──