いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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イーカロス

栃木県、日光市・那須塩原市の境界付近

もみじライン──午前二時

 

 

メタリックマゼンタのRX-7・FD3Sが、うねるアスファルトを疾駆する。

リトラクタブルの双眼が夜闇を()めつけながら、もみじラインを滑らかに駆け下りていく──その眼差しが向けられた先は、はたして?

 

50:50の理想的重量バランス、ショートホイールベースとワイド&ローなボディが生む、カミソリより鋭いコーナリング──まさに、比類なきピュアスポーツ。

それがRX-7──そして、FD3S──

 

─────

 

私はいまはじめて、マシンに「試されている」と感じていた。

 

幻想郷では名の知れたロータリー乗りだった。

「幻想郷のロータリー乗りといえば、紅魔館のメイド長」──その称賛と自負が、浅はかな驕りだったと思い知る。

 

たった200馬力──パワーだけでいえば、FCの純正馬力と変わらない。

おまけにこちらはNA──エンジンの出力特性はきわめてフラット、段付きなく自然に伸びていく。

5速化されたATの変速も、タイミングとフィーリング、どちらも文句のつけようがない。

まるでCVT*1に乗っているかのようだ。

 

このクルマがRX-7、それもFD3Sでなければ──ただの流麗な高級クーペといえる。

しかし──

 

「本当に──忙しいクルマね、これ」

 

私はステアリングを微調整しながら、もみじラインの長いストレートを踏んでいく。

 

FDはまっすぐ走ろうとしない──いや、正確にいえば、ひどく直進安定性がないのだ。

極端なハイスピードでなければ、クルマはまっすぐ走る。

まっすぐ走らせようとしなくても、曲げようとしなければクルマはまっすぐ走る。

 

だが、このクルマはまっすぐ走ることにすら、「直進」という入力を必要とする。

すべてがドライバーに委ねられている。

 

「──サクヤ。お前は自分で決めていかなくちゃいけない。お前は行きたいところに行ける──でも、だからこそ。サクヤ、お前は『どこに行きたいのか』──それを自分で決めなくちゃいけないんだよ」

 

知らない声が、頭の中で唐突に反響する。

誰?──知らない、声──男の人の声だ──

 

……私は、FDに乗ったことがない。

間近で見るのも、今夜が初めてだ。

だけど、なぜかすごく懐かしい気がする。

この戦闘機然としたコクピットを、私は知っている──そんな気がする。

 

疑問を呑みこみながら、私はブレーキペダルを強く踏みつけ、ヘアピンへの旋回姿勢をつくる。

ハイスピード・コーナリングの強い横Gを感じながら、私は思う──いま、ロータリーで「速さ」を極めるのなら、きっとFDしかありえないと。

 

その速さに、私はFCを連れていけるのか?──そしてFCは、私の求める「速さ」まで、ついてきてくれるのだろうか?

私はFCが好きだ──だけど、コーナリングひとつでその気持ちがグラつくのが、自分でもわかる。

 

私は、ナイフの「研ぎ」を欠かさない。

刃物は研ぐことでより鋭く──そしてさらなる斬れ味を得る。

しかし、研磨された刃は薄く、そして少しずつ死に近づいていく。

 

手に入れたいものがあるのなら、人はなにかを捨て去らなくてはならない。

そしてその微妙な均衡(バランス)が崩れたとき、人は取り返しのつかない結果を得て、かけがえのないなにかを失う。

魔理沙は最高速と引き換えに、いのちを。

霊夢は──きっと贖罪と引き換えに、手足を差し出したのだろう。

 

私は──FCを裏切らなくてはいけないのだろうか。

ロータリーで、走り続けたいと思うのなら。

 

もはや、ぬるま湯の速さに、私は生きることができない。

さらに速く──あるいは、走りから降りる──

 

嫌だ──FCを降りるなんて──

私は思うだけで、口には出さない。

口にすれば、本当に私とFCの関係は終わってしまう──そんな気がする──

 

惑う──私のこころが、スピードのなかで夜闇に霧散していく。

私と夜の境界が、曖昧になる。

 

如法暗夜──なんて皮肉めいた名前だろう。

そして、十六夜咲夜──人の身で、私はこの名前を背負っていいのだろうか?

 

人の身で求めてはいけない速さ──その闇すら、妖怪には心地良いというのだろうか。

イーカロスは太陽に迫り、最後蝋の翼をもがれて地に墜落(オチ)た。

私は夜闇に迫る──速さ、それはヒトの可能性──迫って──そうして、迫って──?

 

FDのスピードメーターが右に振れるほど、私のこころは失速していく──なにもみえず、なにもきこえなくなる──

 

──それは、とこしえの闇。

*1
無段変速機。複数のギア(歯車)を切り替える(変速)MT・ATとは異なり、ギア以外の機構で連続的に変速比を変えていく。昔のATは(ショックを軽減しなかったドライバーの)MTのようにシフトショックがあったが、CVTは構造的にそれがない。現代のいわゆる「オートマ」はCVTが主流。

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