いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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愚かな獣たち

「……まだ子供じゃない。あんた何考えてんのよ」

 

「おーお……吸血鬼に常識を説かれる日が来るとはね。こちとら偉大な人間様だぜ?悪しき吸血鬼は科学にひれ伏し滅びるべきだな」

 

「あのね……私は『常識ある』吸血鬼なの。常識を『車検証ごと』落としてきた人間様よりはマシな存在ね。……というか、いいの?こんな時間に」

 

私はそう言いながら、FDの助手席ですやすやと眠る少女を見やる。

彼はFDの窓が閉まっているのを確認して、煙草に火をつける。

 

「寝てるところをそーっと、運び出してきたんだ。俺の先祖はフランスの怪盗でね」

 

「あら残念。私の故郷には世界的名探偵がいるの。スコットランド・ヤード*1から逮捕状が来るのも時間の問題かしらね?整備不良と速度超過で。……それで?なんで連れてきたのよ。真夜中の大黒PAなんて、子供が来るところじゃないわよ?」

 

私がそう言うと、彼はひとつため息をついて、私の目をじっと見つめる。

 

「……なによ?」

 

「いや……レミリア、あのさ……」

 

彼はそう言ったまま口ごもり、黒いFDのルーフに手を当てる。

 

「はっきり言いなさいよ。……長い付き合いじゃないけど、なんとなく言いたいことはわかるから」

 

私がそう言うと、彼は「お見通しかよ」と呟いて、煙草をもみ消す。

 

「……もし、俺が死んじまったらさ。レミリア……この子を代わりに育ててやってくれないか?」

 

今度は私がため息をつく番だ。

……正直、いままで身寄りがない子供を育てた経験がないわけじゃない。

 

戦地に向かう男──第二次世界大戦の頃の話だ。

北アフリカ戦線に旅立った貴族院議員の息子と、彼は同じ目をしている。

──彼の骨は今も、サハラの砂の下にある。

 

ルーマニアでチャウシェスク政権が倒れたとき*2も、スカーレットは陰ながら「そういう」慈善事業をやってきた。

だが──

 

「……あんたが『走り』をやめればいいだけじゃない。それに、母親は?こんな平和な国の平和な時代に、排ガス撒き散らしてぬくぬく命削ってるやつが言っていいことじゃないわ……責任を感じるなら、親としての役目を全うしなさいよ」

 

「──正論だな。俺も、そう思う。だけど──この子の母親、俺の嫁さんはもう長くないんだ。明日にも、病院のベッドで冷たくなってておかしくない。俺は──レミリア……さんざん俺と、そしてこのFDと『やり合ってきた』お前なら、わかるだろ?」

 

「……煙草。寄越しなさい。それと、ライターも」

 

しおれた顔で呟く彼に私はそう言って、返事を待たずに煙草とライターを奪いとる。

二本だけ煙草を取り出し、そのうち一本を私は咥え、火をつける。

そしてその先端にもう一本を押しつけ、火が灯ったまま彼に差し出す。

 

「……なんだよ」

 

「いいから。吸いなさい」

 

彼は疑問符を浮かべたまま、火のついた煙草を咥える。

それを見届け、私は妖力で煙草とライターを消し炭にする。

 

「……禁煙しなさい。いいわね?それが最後よ」

 

「……コーヒーはやめねえぞ」

 

「いいわよ、それは別に。ただ、煙草は子供に悪影響だわ」

 

「それは……承諾ってことでいいのか?」

 

私は何も言わず、煙を吐きながら彼の瞳を見つめ返した──そのせつなさを、忘れることなどできはしない。

 

そのまま私は、スープラのドアノブに手をかけた。

 

ありがとう、と静かに声が、大黒の暗がりに落下する。

初めて垣間見た、相応の落ち着き。

私が五百年近く生きてなお、たどり着いていない姿。

 

「……死ぬんじゃないわよ」

 

アスファルトのスピードに生きるとき、私たちはいのちのやりとりでしか、互いの存在を知ることができない。

殺し合いの中でしか、互いを見つめられない愚かな獣たち。

 

だけど──こうしてPAの間隙で、わかりあう瞬間(とき)がある。

彼には──私にとってのフランとは違うかたちで──家族がいる。

ひとりの人間なのだと思い知る。

 

どうして私たちは、こんなどうしようもない夜のなかでしか、わかりあうことができないのだろう──

 

「死なねえし、死ねねえよ」

 

彼が私の背中に呟いた。

 

次の言葉が、私の聞いた、彼の最後の声になった。

 

「俺にはまだ、サクヤがいるから」

 

──それから二週間後。

彼は雨降る横羽線で、FDと運命をともにした。

*1
ロン◯ン警視庁本部の別名。

*2
チャウシェスク政権下では人口増加政策が打ち出されていたが、その裏側で捨て子問題も発生していた。増加する捨て子に対し孤児院はパンク──結果として孤児院の環境は劣悪なものとなり、ストリートチルドレンも多数生まれた。この子供たちは「チャウシェスクの落とし子」と呼ばれ、この問題はチャウシェスク政権の崩壊によってはじめて、諸外国の知るところとなった。

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