「……もう、朝が近いな」
運転席で、そう呟く声が聞こえる。
藍色に染まる、夜と朝のはざま。
その曖昧なまどろみに、私の意識は静かにたゆたう。
京浜の煙突から吐き出される、昼夜問わずもうもうと止むことのない煙──しかしこの街にも、変わらず朝は訪れる。
「父親失格かねえ、やっぱり」
……そんなことないよ。
そう言いたいけれど、私はその言葉をぐっと呑みこむ。
もう、歳も二桁になったのだ──私にも、気持ちを殺す夜がある。
子供だけど、もう、子供じゃない──だから私は、「ひとりの大人」の呟きに、閉じたまぶたで返事をする。
沈黙。
──わたしはまなざしから静かに流れ落ちるものを、知っているから。
私はたぶん──そう遠くないうちに、両親を失う。
……自分でも、変な子供だと思う。
それを奇妙な落ち着きのなかで受けとめてしまっているのは、私が薄情だからなのだろうか。
でも──この黒くて低い、大きな鳥に似たクルマを知ったときから、私はそれを運命として理解していたように思う。
この黒い夜の怪鳥は──きっと、私の大事なものをすべて、遠くに連れ去ってしまうのだろう、って。
そして私はきっと、連れ去ってもらえないのだろう、って──
──こうして、RX-7の助手席に乗せてもらったのは、初めてだ。
いつもは……このクルマはガレージにしまってあるから。
私は初めて、このRX-7に乗る──その意味は、きっと──
本当は、眠ってなんかいなかった。
レミリアと呼ばれた女の人──私の、新しいお母さんになるらしい人。
目を閉じたまま、私はパワーウインドウ越しに、レミリアさんのまなざしを受けとめていた──そこにあったのはきっと、赤い糸よりずっとずっと、血なまぐさくて紅い糸。
私は、何も言わない。
眠ったふりをしたまま、私は大黒に運ばれ、朝が追いつく前にベッドに戻る──それが子供らしくないと言われても、それが私たち親子のあり方だから──それが、私とお父さんのあり方だから──
─────
「……それで、よかったの?」
「……よかったの?って……なにが?」
「そのFDは……きっとあなたが望めば、連れ去ってくれた。でも、あなたは……あの雨の日、生き延びたわ」
「……それは、そうだけど」
「咲夜……あなたは生き延びて、何も覚えていないはずなのに──自らFCで走り出した。……同じロータリー、RX-7で。そうしていま、確かめたくて、あなたは古明地チューンのFDを駆ってる」
「……なにが言いたいのよ、サクヤ」
「咲夜──あなたは『咲夜』。『あなたはわたし』だけど、『わたしはあなたじゃない』。
「……そうよ、私は十六夜咲夜。レミリアお嬢様に仕える以前のことは覚えていない……だけど、お嬢様に忠誠を誓うかぎり、過去は私にとって不要だわ」
「ふふ……気丈ね、咲夜。じゃああなた、どうしてそんなにムキになっているの?あなたはどうして、走っているの?咲夜……あなたはどうして、人の身で吸血鬼に仕えるの?そのジレンマに迷うの?ねえ、咲夜……」
そう言ってサクヤは、私の銀髪をそっと撫でる。
「あなたの銀髪、綺麗ね。でも知ってた?私、黒髪なのよ。サクヤは黒髪」
サクヤは私の銀髪に触れたときと同じ仕草で、自分の黒髪を撫でる。
「綺麗な銀髪……でも、これって、事故のショックなのよ。知ってた?あなたの『時間を操る程度の能力』も、あの横羽線の事故のショック……レミリアお嬢様に仕えているのも、事故がきっかけ……」
気道が──詰まる──
息ができない──見えない手に首を絞められている気がする──
サクヤは手をだらんと下げたまま、くすくすと笑う。
「咲夜……気づいてた?あなたの大好きな、レミリアお嬢様とロータリー……あなたの家族がいなくなった理由も『それ』なのよ。咲夜……あなたは走ることに迷ってる……でも……」
サクヤの目が紅く輝く──黒髪の少女の、紅い瞳孔が白目を覆い尽くす。
「『走らなければ』あなたはなにも失わずに済んだのよ」
言うやいなや、サクヤの口ががばりと開かれる──サクヤの顔すべてが、獰猛にあかされた犬歯の藪となり──私は首から上を、またたく間に食いちぎられた。