いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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本日3話目です


アンノウン

「なんだかしんみりしてるわね」

 

私の隣の空間が裂け、声が投げかけられる。

もみじラインの上空から、山中を滑るひとつの光点を私は見つめていた──咲夜のFD、その軌跡を。

 

「……そうかしら。自分では、そうでもないつもりなんだけど」

 

私がそう返すと、紫は何も言わずスキマから身体を出し、空間の裂け目に器用に腰掛ける。

 

「あら、便利ね。あなたのスキマってそんな使い方できたの?」

 

「あなたも座る?後ろにひっくり返ったら、すこし『探す』のに時間かかるけど。私、自分でもスキマの広さがわかってなくて」

 

「……やめとくわ」

 

私がそう言うと、紫は「賢明ね」と言いながら、パーラメントに火をつける。

 

「私にも一本もらえる?」

 

「構わないけれど……あなた、紙巻も吸うの?」

 

「ごくごく稀に、ね」

 

「そう。……男の影響?」

 

「……あなたもでしょう?聞かないのが淑女のマナーよ」

 

私が指摘すると、紫はやれやれ、と首を振る。

私のパーラメントに紫は火をつけ、口を開く。

 

「……咲夜ちゃん。今夜はミスティアのFDで走っているのね。あの子が本気で走るのはいつぶり?」

 

「……さあ、どうかしら。咲夜が本気で走ることなんてめったにないから。ただ……あの子が自分の『いのち』に本気で向き合う走りは、今夜が初めてかもしれないわね」

 

「いままでは、なかったの?魔理沙が事故を起こす前、咲夜はギリギリのスピードに生きて、その速さをものにしていたわよね。魔理沙の事故からは、すこし違うかもだけど」

 

紫は私に問いかける。

本当はわかってるくせに。

絶対的な「速度」を求める走りと、いのちを問う「速さ」の走りが、別モノだということ──そして咲夜は「速さ」の走りに一歩を踏み出しつつあることを、紫はきっとわかってる。

 

紫が──私がかつて首都高に刻んだ夜々を見届けたのなら。

そのとき行き着いた物語の結末と──そしてその物語が未完であって、咲夜たちによってふたたび、『本当のエンディング』に向かってシナリオが動き出したこと──動き出してしまったこと。

紫は──知っているはずだ。

 

「私はわからない愚者に話すのは嫌いだけど、わかってないふりをした賢者に話すのはもっと嫌いなの。私の走りを覚えてないなら、VHS*1でレンタルしてきなさい」

 

「冗談よ、レミリア。──そうね。あの子はこのシナリオの、いわば過去の因果を引き継いでいるのよね。しかも、『誰かを失う』という辛い役回り……レミリア、あなたと同じ役回り」

 

「……私は、演じきったわ。だから思うの、紫。なにがどうあっても、こうなるほかなかった……でも同時に、どうして私の咲夜が、この役回りを演じなくちゃいけないの?って」

 

本当はわかってる。

それは「咲夜」だから──咲夜が、「私の咲夜」だから。

私がまだ、シルビアのステアリングを握る前──あのFDに出会ったときから、きっと運命は決定していたのだ。

 

無言で煙草をふかしていた紫が、唐突に口を開く。

 

「……そういえば、レミリア。最近あなた、首都高の話は聞いた?」

 

「なにも……聞いてない。フランと美鈴はまだ、あっちにいると思うけど。魔理沙が死んでから、フランは本当に見てられなかったわ。幻想郷では咲夜が一番ショックを受けた、って思われてるみたいだし、比べるのもおかしな話だけど……フランは、もう『帰ってこれない』かもしれない。あの子がもう一度こころを開く日は、ないかもしれないわね。……だから、いまは美鈴にフランのことは一任してるの。あの子が魔理沙の次に懐いていたのは、美鈴だから。……フランの件について、私たちは一切連絡を取ってないわ。霊夢のS2000の件で、河城にとりにつないでもらったくらいね」

 

「そう……フランちゃんだけでなく、美鈴もね……」

 

紫は急に難しい顔になり、顎に手を当てて考えこむ。

 

「なによ……まさか、フランと美鈴になにかあったの?」

 

「そういうわけじゃないわ……黒い34Rの事故は聞かないし、いまだ警◯庁と神◯川県警にマークされてるのは、データベースで確認済みよ。いま交通機動隊が一番『撃墜(オト)』したいマシンなのは間違いないわ……ただ、そうじゃなくて……」

 

紫はそう言いながら、一枚の写真を取り出す。

 

「とある情報筋からなんだけど……最近首都高に上がるようになったマシンがいるの。推定600馬力超……オールラウンダーだけど、主戦場は横羽線と湾岸線ね。……似てると、思わない?」

 

紫が差し出した写真に写っていたのは、RX-7・FD3S──鳥を思わせる、変形二枚羽のGTウイング──そして、ブリリアントブラックのボディ。

ライトの形状からして、後期型だ。

波のように細かい2列のダクトが施されたボンネット──ここまでなら、偶然もありうる……だが……

 

「ナンバーが……分類番号*2まで同じだわ。あのFDはきっちりと廃車になって──私は、解体所で最後を見届けた。あのナンバーは私が自分の手で、永久抹消手続きしたの。*3だから……このナンバーのこのFDは、もうこの世に存在しないはずなのに……」

 

私は写真のFDを見つめていた……写真からでも伝わる速さ……信じがたいことだが、このFDは間違いなく、彼のFDだ。

 

「ただ、気になることがあってね」

 

ドライバーについて問おうとしたとき、紫が口を開く。

 

「変な期待を持たせたくないから言っておくけど、ドライバーは女性だったそうよ。ちょうど咲夜ちゃんと同じくらいの歳の、金髪の少女だったみたい。霊夢みたいな、赤くて大きいリボンが特徴らしいわ」

 

金髪の少女……誰なのだろう。

しかしいまは──私はそう思いながら、眼下のもみじラインの光点を見つめる。

FDの件を追うのは、咲夜の問題が一区切りしてからだ。

 

咲夜がどういう答えを出すか、まだわからない──だけど──私は咲夜をもう二度と、置き去りにしたくはないのだ。

*1
いわゆるビデオテープのこと。

*2
地域名の次にくる2桁または3桁の数字・アルファベット。

*3
ナンバープレートは永久欠番。抹消されたナンバーが再び登録されることはない。4桁は同じでも、地域名や分類番号が違う。

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