いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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至高聖所

「──ッ」

 

FDのフロントガラスに、オレンジ色のセンターラインが飛び込む。

身体を真っ二つに切り裂かれながら、私はもみじラインの不規則なコーナー群をクリアしていく。

 

FDの挙動はつかめてきた──いや、本当は最初からつかんでいたのかもしれない。

ピーキーとはいえ、結局は日本の市販車。

おまけに、パワー自体は純正より50馬力は低く──これはFC以上のディメンションで煮詰められたコーナリングマシン。

だから手足のように操れる。

 

ラストワードモードの足回りは、もみじラインの荒れた路面に跳ねるけど──それ以上に踏んでいける。

 

呑まれていたのだ。

思うように走れなかったのはテクニックじゃない──こころが、魂が、セブンとロータリーに負けていたのだ──

 

「……信じるのよ、十六夜咲夜。自分の走りを。そして……本質を見極めるのよ、十六夜咲夜」

 

私は自分に言い聞かせながら、アクセルをすこしずつ開けていく。

コーナーをひとつ抜けるたび、アクセルを滲ませるたび、汗が噴き出し背が凍る……

 

 

─────

 

 

RX-7の本質──それはピュアスポーツ?それともコーナリングスピード?

 

──違う。

RX-7は「ロータリー」なんだ。

ロータリーエンジンであること──それが「セブン」を定義する。

すべてはロータリーであることの結果にすぎない──RX-7であることすら、ロータリーであるがゆえの結果にすぎない。

 

マシンに私が入力すること──そしてマシンが出力すること。

そのすべてを、ローターとエキセントリックシャフトが支配し、定義する。

セブンがセブンであること──そして、私が私であること、ロータリー乗りであること。

加速する姿、魅せられるコーナリング、そしてテールランプの軌跡──それらは、ロータリーとして走り去った結果にすぎない。

 

そのすべては、13Bの回転ありき──

 

マシンを支配するんじゃない──マシンに支配されるわけでもない。

人はロータリーにこころゆるせない──ロータリーはこころゆるせないマシン──

 

あたりまえのことだった──ロータリーは誰にもこころゆるさない。

ローターハウジングは絶対不可侵の至高聖所(アバトーン)*1──エンジンとせめぎ合うこと──せめぎ合いのなかで、エンジンの声を聞くこと──エンジン以外を無に帰すこと、透明になっていくこと──

 

ロータリーは孤高であっても孤独じゃない──ずっと私はそう思ってきた。

……でもそれは、願っていただけなのかもしれない。

誰とも違うロータリーに自分を重ねて、「どうかあなただけは孤独でありませんように」と、私は願っていた。

ただ、それだけだった──私はロータリーを救いたいんじゃなかった──私はロータリーに、救われたかったのだ。

 

「──だとしても……!」

 

私はほんの短い全開区間で、アクセルをいっぱいに踏みこむ──ペダルが折れそうなほどに、強く、深く──

 

NOSが暴力的に、ローターハウジングに息を吹き込む──夜闇に紛れる木々がクリアに──そして、抽象画のように私の後ろへ消し飛んでいく。

 

「私はあなたを──孤独なままにはしたくない!誰にも認められなくても──最初から時代遅れだった『未来』のエンジンだとしても……私は、ロータリーと走り続けるの!たとえ不正解でも、こころゆるせなくても私は──最後までロータリーしか信じない──!」

 

私は、信じたいものを信じていたい。

私は──私はなんて欲張りなんだろう。

人間の子のまま、レミリアお嬢様に仕えていたい──2JでもRBでもなく、13Bで──そして、FDではなくFCで──

 

「その先にどんな過酷な運命が待っていたとしても、私は受け入れる──そんなことは言わないし、言えないわ。だから──私は自分の信じたナイフと速さで、抗う運命を全部斬り殺すの!……決めたわ、FD。私は自分のゆく末を決めた──だから今度は、あんたが覚悟をみせる番よ!」

 

NOSでブーストされた全開──ヒルクライムとはいえ、容易にオーバースピードへ。

──冥界ハイウェイで死んだ夜、魔理沙もこんな気持ちでRと走ったんだろうか、コーナーに飛び込んだんだろうか。

 

魔理沙のことを(わら)えない、責められない──次のヘアピンにはオーバースピード、そしてミスれば確実に死ぬ。

スピードの凍るような熱波のなかで、私はアクセルを緩めることができない。

時間を止めれば私は逃げられる、でも──

 

「あの世からしかとみてなさい、魔理沙。これが、十六夜咲夜と13Bの『速さ』よ──」

 

ブレーキングに合わせ、マシンがブリッピングしながら低段ギアに変速していく。

ロータリーはエンジンブレーキが甘い──私はわざと、適正スピードをオーバーしたまま旋回姿勢をつくる。

 

ヘアピンの直前──もみじラインが振りかぶる、オレンジ色の一閃をみた──

*1
古代ギリシアにおける夢治療の場。松村栄子の同名小説から借用。

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