いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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黄昏

「──あら。クリアしたわね」

 

もみじラインの上空。

私の隣で紫がぽつりと呟いた。

私が何も言わないでいると、紫はかまってほしそうにちらちらとこちらを見てくる。

 

「……なによ、そのうっとうしい目線は」

 

「いや……咲夜ちゃんがあのオーバースピードから『見事』ヘアピンをクリアしたのよ?自慢の従者のドラテクを、レミリア……あなたはどんな言葉で自慢するのかしら……って。ゆかりん変なこと言ってる?」

 

紫は口元に人差し指をあてながら「あれー?」ととぼけた表情だ。

私は呆れを隠さずに、盛大なため息をつく。

 

「……あなたにそんな顔されなくても、ちゃんと見てたわ。『見事』は余計よ」

 

私はそう言って、スローダウンしたFDの光点を見つめる。

 

先のヘアピン──咲夜はかなりのオーバースピードで突っ込んでいた。

ダサダサの多角形コーナリング──咲夜があんなヘタクソすぎるコーナリングをしたのは初めてかもしれない。

あまりにも不器用な、瀟洒(しょうしゃ)にはほど遠いコーナリング──だが、清々しい。

……同時に危ういと思ったのも事実だが。

 

咲夜はおそらく、ミスしても時間停止でカバーするつもりはなかった。

それは借り物のクルマだからというわけではない──そんな理屈はとうに吹っ飛んでいた。

おそらく、決死の覚悟だったのだろう。

覚悟の内容まで確信することはできないが……しかし、ひとつだけわかったことがある──

 

「──よかったわね。『それ』使わずに済んで」

 

紫がそう言うと同時に、私の胸元──服の下が軽くなる。

私がはっとして隣を見ると、性悪のスキマ妖怪が手のなかでダガーナイフをもてあそんでいた。

 

「レディの胸元に手を突っ込むもんじゃないわ、変態……いつから気づいてたの?」

 

「変態は褒め言葉よ。ゆかりんかわいい霊夢に鍛えられてるから。……そうねえ、いつからかしら。ただ、あなたの表情と、妖力の流れを観察してたらなんとなく。レミリア……あなた、今夜咲夜ちゃんを殺す気でいたんでしょう」

 

「違うわ!そんなつもりは……ない、とは言えないかしらね……」

 

私がうつむくと、紫は私に煙草を差し出す。

それに火をつけ、煙を吐き出しながら私は続ける。

 

「……怖かったの。咲夜が私から去っていくのが。古明地こいしのロータリーを前に、人は嘘がつけないという。こころそのものが走りになる、それが古明地チューン……」

 

こいしと知り合ったあと、外界のツテを使って探った情報だが──古明地がプライベーターだったのは、半分仕方がないことだったのだ。

古明地のロータリーは、こころが速くなければ乗りこなせない──というより、こころが遅ければけして速くは走れないのだ。

古明地チューンの真価は「タッチ」──こころが直接マシンと繋がるタッチ──けしてマシン自体が速いわけではない。

 

プロのスポーツ選手は、自分に馴染んだ用具を使い続けるというが──それと似たようなものだろうか。

マシンのフィット感で、ドライバーの潜在能力を引き出す──そして、こころに響くタッチでそれ以上の速さを引き出す──すべてがドライバーありき、それが古明地チューン。

 

だから──

 

「咲夜の走りのスタイルに、古明地チューンがハマるのはわかってた……そして、あの子が過去の断片にアクセスしてしまうことも。──気づいてしまったら?人の善と妖怪の善が、けして相容れないことに。あの子が『夜』を選ばなかったら?……私は、耐えられない。パチェも美鈴も小悪魔も……紅魔館の皆は私にとってなにより大切だけど……本当に家族なのはフラン、そして咲夜なの!咲夜が私の元を去るならいっそ、眷属にしようと……」

 

「もしくは──ハーフ・ヴァンパイアにならないのなら、いっそ殺してしまおうかと。『銀』のダガーナイフで……『あなたを殺して私も死ぬ』って?やれやれ、レミリア。あなたちょっとサスペンスの見過ぎね。さしづめ私は船越英◯郎かしら?」

 

そう言いながら紫は、ダガーナイフをスキマに放り込む。

胸が痛むのはきっと、銀のナイフを地肌に直接当てていたからだけではない。

 

「……わかってるわ、それが間違いだってことも……咲夜が第三の道──『黄昏時(たそがれどき)』を選んだことも。あのダサダサな多角形コーナリングでわかる……あの子は人の身で、吸血鬼に仕える道を選ぶのね」

 

それは修羅の道。

咲夜は賢いから──きっといままで私たちが隠してきた、紅魔館の「夜」の部分に気づいてる。

咲夜はこれから、ひとつひとつを見定め──ひとつひとつを決めていかなくちゃいけない。

何一つとして、なあなあにはできない──それは走りも同じだ。

走り続けるのなら──さらにこの先へ───本当のチューンドで首都高に上がるのなら、咲夜は何一つとして曖昧なままにはできない。

 

黄昏時とは、曖昧に決めないままでいることじゃない──瞬間瞬間に昼と夜を定めていって──そうして結果、グレーになるということだ。

 

しかし、咲夜が決めたのなら、私は見届けなくてはならない──

 

「──紫、スキマを開いて頂戴」

 

紫は余計な茶々を入れずに、私に言葉を返す。

 

「はいはい──行き先は?」

 

「大阪──それだけで、どこに出すべきかわかるでしょう?急がなくちゃいけないことが増えたから」

 

「……『プレイヤー』は多い方がいいものね。私はどうしましょう。せっかくだし、手伝うわ」

 

「あら、ありがと。それなら──こいしに伝言をお願い。『咲夜を頼むわ』と。それだけで伝わるわ」

 

貸しひとつよ──紫はそう言いながら、私の前にスキマを開く。

この借りは高くつく──そう思いながら、私はスキマに勢いよく飛び込んだ──

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