いのち短し走れよ少女   作:夏色バレッタ

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リーインカーネイションの未解決

栃木県、日光市・那須塩原市の境界付近

もみじライン──午前五時

 

東の方角が藍色に染まり、もみじラインの夜が切り裂かれていく。

十六夜咲夜がこの峠に刻んだロータリーサウンドはじきに、幻となって霧散するだろう。

 

今夜集った新旧RX-7と、そのオーナーたち。

一人の少女と一人の吸血鬼の苦悩──これからこの峠を訪れる者たちは、誰ひとりとしてそれを知ることはない。

少女が踏み出した修羅の一歩を知る者はもう、このもみじラインにはいない──いまなお上空に佇む、ただ一人の妖怪を除いて。

 

八雲紫は、待ちわびていた。

それは待ち構えていたと言ってもいい──そして八雲紫はなにより、待ちくたびれていた。

 

紫が何度目かわからないあくびをした頃──その隣の大気が不意に歪み、鮮やかな緑髪を揺らしながら、一人の女性が現れる。

 

肩掛けのついた紺色の上下に、太陽を模した柄の三角帽子──スカートの下には足がなく、煙とも靄ともつかぬなにかがたゆたっている。

先端に三日月のついた杖をふい、と振った後、女性はどこかに杖を消し去る。

そうして女性は、紫と目を合わせることなく口を開いた。

その悪戯気な口元の動きは、霧雨魔理沙を彷彿とさせる──

 

「待たせたねえ、紫。でも私は、待ち合わせの時間までは指定してないから──遅れようがないんだよ。悪いねえ、紫。あんたを待たせたことには謝るけど、遅れてないから遅れたことには謝らないよ」

 

開口一番「遅刻は謝らない」宣言をする女性に、紫は呆れて物が言えないとため息をつく。

私も相当だけど、こいつはそれ以上だ──紫の胸中によぎった言葉はこの通りであった。

 

「……こうして顔を合わせるのはいつぶりかしらね、魅魔(みま)。久々に会うけど、あなたの悪霊ぶりはあいかわらずね」

 

「誰が悪霊だって?悪霊ってのがいるならそれは『私以外のすべての霊』さ。私が正義で、私以外は悪……紫、あんたなんて悪の親玉筆頭だよ」

 

「あらあら……そうして霊夢*1にボコボコにされたのはどこのどいつだったかしら?覚えておきなさい、幻想郷においては博麗が法、そして八雲は絶対なのよ。だからあなたは悪党ね」

 

にやにやと言い放った魅魔に対し、紫も負けじと言い返す。

どうやらこの二人にとっては「お約束」のやりとりらしい。

 

「わかってるわかってる……だから最近はまたビッグ・アップル(ニューヨーク)に拠点を戻したんじゃないか。博麗の巫女にちょっかいかけるのも、そろそろ命がけになってきたからね」

 

「そしてわざわざ日本に『旅行』しにきたのは……今度は愛弟子(まなでし)にちょっかいかけるため?」

 

紫がそういうと、魅魔は鼻を鳴らして昇る朝日を見つめる。

 

「……愛弟子じゃないよ。馬鹿弟子だ、馬鹿弟子。400馬力ぽっちの32Rで事故って死ぬなんて、大馬鹿だよ。ヘタクソな弟子を持って、こっちが死にたいくらいさ。私の手を煩わせたからにはもう破門だね」

 

「そう言いながら、魔理沙に『アレ』を使ったんでしょう?やっぱり愛弟子じゃないの。それに……破門の理由も、すこし違うんじゃない?」

 

「なんでもお見通しってのは気に入らないねえ……博麗の巫女と同じ嫌らしさだ。……でも、さすがに気づくか。『リーインカーネイションの未解決』の成立には、あんたも関わってたからね」

 

リーインカーネイションの未解決──アリス・マーガトロイドは魔理沙の事故の直後、その裾の端くらいは掴んでいる気配があったと、紫は頭の片隅で思考する。

パチュリー・ノーレッジの知恵を借りれば──いや、それでも多分、その全貌を知るには至らないだろう──紫はそう結論付け、一度思考を閉じる。

 

「そういえば、そんな名前だったかしらね。あなた、あれを自分の弟子に使ったなんて……正気なの?他にやり方はいくらでもあったでしょうに」

 

「あの馬鹿弟子も、魔法使いの端くれの隅っこの削りカスみたいなもんだからね。魔法使いってのは可能性を探求し続ける存在……あのくらい解き明かしてもらわなきゃこっちが恥ずかしいし、あんなヘマで死んだんだから当たり前だよ。セカンドチャンスを与えただけ、感謝してほしいくらいさ」

 

「きっついわねえ……あなた、本当は魔理沙が感情任せのミスで死んだことが気に入らないんでしょ?そしてもっと気に入らないのは、クルマの方」

 

紫が指摘すると、魅魔はニヤニヤ笑いながら器用に舌打ちをする。

 

「バレてたなら仕方ない……そうだよ、なにがスカイラインGT-Rだ。クルマってのは、V8のNAにFRじゃなきゃいけないんだ。大パワーならなおさら良し。直6ターボに4WDなんて最低最悪さ。タイヤが四つついてるだけで、あんなのはクルマじゃないね。破門だよ、破門」

 

魅魔が「破門」するほどの関係になった存在なんて、いままでほとんどいなかったでしょうに──紫はそう思いながら口を開く。

 

「C3コルベットに乗ってる人は言うことが違うわねえ……あなたの黒いC3、たしかZL1*2でしょう?しかも、記録にない4台目……『原理主義者』になるのも無理ないわ。そういえば紅魔館の紅美鈴も、昔C3コルベットに乗ってたんだったかしらね。ライトニングイエローのC3」

 

「懐かしいねえ、美鈴か。いつのまにかスカーレットに下ってたのかい。あの極悪吸血鬼姉妹に。ただ中原(ちゅうげん)*3で暴れまわってただけ、運良く長生きしてきただけの、『武闘派の洗濯屋』*4にすぎなかった小娘がねえ……ああ、コルベットだっけ。美鈴がC3乗りだったのは当たり前さ。アメリカであいつにチューニングのイロハを仕込んだのは私だからね。あいつ、あのC3を日本に持ちこんだんだろ?」

 

「そう聞いてるわ。日本に持ち込まれた初めての、ストリートのチューンドね。いまに続くチューニングシーンの『きっかけ』になった一台。あなたがチューニングを美鈴に仕込んだとは思いもしなかったけど……ってことは、諸悪の根源はあなたじゃない」

 

魅魔は「ばれたか」とばかりに目を細める。

 

「そういうことになるねえ……いやはや、世界は狭いもんだよ。特に『夜の世界』はね。私としちゃ、自分の弟子が公道(ストリート)を混沌に陥れてくれててなによりさ……さてさて、私はそろそろ行こうかね」

 

「あら、ゆっくりしていけばいいのに。魔理沙に会っていったら?」

 

「ふん。あの馬鹿弟子がV8に乗り換えたら考えてやってもいいさ。RB26にこだわるかぎりは破門だよ。……私はスクリーンの最前列に座るのは好きだけど、脚本にケチつけるのは嫌いなんだ。気に入らないならスクリーンごと燃やすクチだからね……それじゃ、そのうち。長生き『するなよ』、紫」

 

言い終わると同時に、魅魔は景色に滲んで姿を消してしまう。

 

私も帰って寝ようかしらね……レミリアと咲夜の問題も片付いたみたいだし──あくびを噛み殺しながらスキマを開いた紫は、ふとあることを思い出した「ような口ぶりで」独り言を呟いた。

 

「そういえば──魅魔に伝え忘れたわね。『冴月(さつき)(りん)が、ふたたび姿を現した』って──」

*1
旧作(PC-98)の扱いについて。この作品では、旧作は連続した過去として取り扱う「予定」です。旧作における霊夢・魔理沙の表記はWin版と区別しません。

*2
C3コルベットに設定されたオプション。7LのV8エンジン「L88」のアルミブロック発展進化型を搭載した、公道を走れるレーシングモデル。560馬力。記録上3台が存在し、うち2台が市販された。1台はレース用マシン。目玉が月まで飛ぶほど高い。

*3
黄河の中下流域に広がる平原。 今の中国河南省から陝西省の東部あたり。中華文明発祥の地。

*4
昔のアメリカにおけるランドリー業は大抵中国移民の仕事だった。




第三部はここまで……になる予定です
次回からは第四部に入ります
きっと、おそらく、メイビー

投稿直後にキーワードにミスがあったため、該当箇所とタイトル変更してます
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