よろしくお願いします
第二博麗坂
「うわあ──初めて来たけど、新しい道路は舗装が綺麗だね、鈴仙」
運転席の妖夢はそうはしゃぐ。
しかし、私には正直よくわからない。
妖夢のAW11に乗るのは久々だが……サスペンションが硬すぎて乗り心地が最悪なのだ。
いま走っている道路はほんの数日前に開通したばかり──アスファルトはつるりとした黒曜石のように光っているが、私のエボでレイクサイド・パークウェイの古い路面で全開にするのと同じくらい、突き上げてくる。
「……見た目には、ね。妖夢……もしかして足回り『また』いじったの?椛のEK9よりもキツいんだけど」
私が指摘すると、妖夢はシフトチェンジの後、ぽりぽりとこめかみをかく。
「やっぱスピード乗ってくるとバレちゃうよね……そうなの。今回奮発して、競技用の車高調入れてみたんだ。サーキット前提のやつ」
「うっわ……これだけ軽量化したミッドシップでよくやるわ……スーパーチャージャーでパワーも上げてるから、跳ねるとやばいんじゃない?」
「そうだね……さすがにブースト圧は0.2*1下げてみたよ。慣れてきたら元の0.6*2に戻すつもり。私も咲夜みたいに、冥界ハイウェイ下りSPLにしようと思って。ブレーキも前傾姿勢前提に調整して、タイヤをセミスリックにしたの」
「なるほどね。セミスリ履いてるから、今夜『こっち』の道路使ってるんだ」
「まあね。幻想郷もそろそろ舗装が新しくなっていくだろうから、傷んでないアスファルトを前提にセッティングしていこうと思って」
妖夢はそう言いながら、アクセルをにじませる。
スーパーチャージャーの音が車内に染み込み始める。
たしかに──サスの突き上げに慣れてくるとよくわかる。
ステアリングに対する追従性が上がっている。
よりクイックに──そしてよりピーキーなAW11だ。
サーキットだと、私のエボの純正サスではキツいかもしれない……でもこの乗り心地は、私には無理だ。
私たちは姫様と別れた後、博麗神社に向かっていた。
霊夢はいずれ神社に戻るのだろうし、埃くらい払っておいてやろう、と考えたのである。
──というのは、あくまで建前。
本当は新しく敷設された二つの道路が目的だ。
一つ目が、私たちがいま走っている「
博紅バイパスは、ドライブイン夜雀と紅魔館がある霧の湖と、博麗神社を結ぶ高架・片側二車線の道路。
いままで霧の湖から博麗神社に舗装路で向かうには人里を経由する必要があったが、博紅バイパスの開通で両者の行き来は便利なものになった。
この背景には、霊夢の外界での事故を受けて、人里に入れるクルマに制限がかかったことがある。
外界の車検よりゆるやかなものの、現在の人里には、一定のハードチューニングを施した車両は進入できなくなっている。
妖夢のAW11も、セミスリックタイヤのため進入不可だ。
そうした「走り」と「移動」の棲み分けの第一弾が、博紅バイパスなのである。
いまはまだ速度制限があるが、午前0時から4時の間、博紅バイパスは速度無制限になる。
……実際、開通から数日しか経っていないのに、もうタイヤ痕がちらほらとついている。
「鈴仙?どうかした?もうすぐ着くよ」
妖夢の声で、私の意識は現在に引き戻される。
考えこんでいるうちに、バイパスは終わっていた。
「ごめんごめん、なんでもない。──へえ、結構綺麗になってる」
「ね。いままで博麗坂までは未舗装だったからね。やっぱこれから交通量が増えるからかな」
「『あんなの』開通したって知ったら、絶対霊夢不機嫌になるだろうなあ……うるさくなるの間違いないし……退院するまで言わないでおこ」
私の決意に、妖夢は苦笑して応じる。
──ゲートが二つ、見えてきた。
あれが新しく開通した、もう一つの今夜のお目当て──
「『第二博麗坂』だね、鈴仙」
「姫様に『遊んできなさい』って言われて、結局これだもんね、私たち。私もエボで来ればよかったかなあ……絶対楽しいって、こんなの」
山の頂上に位置する博麗神社と麓を結ぶ博麗坂。
いままであった博麗坂は昼間こそ相互通行であったが、夜間は一方通行かつ有料だった。
それでは夜間は不便であること、道路敷設の予算を回収できるモデルが確立したことから、今回もう一本の博麗坂が開通するに至った。
その名は「第二博麗坂」──幻想郷で初になる、外界の峠の完全コピーだ。
いままでの博麗坂はこの開通を機に、第一博麗坂に改称。
第二博麗坂と合わせ無料化し、第一博麗坂は下り一方通行になった。
もう一本の博麗坂を敷設するにあたり、問題になったのはスペースだ。
第一博麗坂が長いストレートを大胆に確保したレイアウトだった関係上、使える山の左右幅が狭くなったのだ。
そこで八雲が目をつけたのが、外界のとある有名な峠だったのである。
それが──
「見て、鈴仙。本当に『いろは坂』そのものだよ、これ」
クルマから降りた妖夢が、博麗坂の出入り口に掲示されたレイアウト案内を指差して言う。
「すっごいわね、これ……第一いろは坂まんまじゃない……しかも、上り……」
そう──第二博麗坂は、いろは坂のコピーなのだ。
しかし、ただのコピーではない。
栃木県日光市にあるいろは坂。
ヘアピンカーブでつづら折りを下っていく、紅葉の名所。
このいろは坂にも博麗坂同様、第一と第二が存在する。
「第一いろは坂って、たしか下り専用だっけ。鈴仙の持ってる漫画にも出てくるよね」
「そうそう。『インベタのさらにイン』をやってるところが第一いろは坂。上り専用の第二いろは坂が、もう一つあるんだって。昔は第一いろは坂しかなくて、相互通行だったみたい」
「そうなんだ……ってことは、第二博麗坂は上りだから……」
私は軽く頷いて、答える。
ある意味幻想郷らしいっちゃらしい、粋なはからいだと私は思う。
「そうね……第二博麗坂は、今でいえば『いろは坂・逆走』──過去の幻となった『いろは坂・上り』ってことになるわね」
私がそう言ったとき、レイアウト案内の看板が急に明るくなる。
開通したてだし、誰か来るとは予想してたけど──私はそう思いながら、妖夢とともに後ろを振り返った。
第三部と第四部を跨いでいるため紛らわしいですが、このエピソードの時系列は第三部「鈴仙の怒り」から始まった日の夜、「終わりの始まり」の直後になります
「タッチ」「カゴメカゴメ」とこのエピソードは同日のお話です