「……なるほどね」
第二博麗坂のバトルがスタートして十数秒経った頃、AW11のステアリングを握る妖夢がぽつりと呟く。
先行する大妖精のワンビア──そしてそれに続く、私たちのAW11。
二台の位置は現在、ゆるやかなカーブが続く区間──外界の第一いろは坂でいえば、「三つの橋」がかかっているあたりだ。
この先の直角右コーナーをクリアして、ヘアピンが連続する超低速区間に突入する。
「……なるほどね、って何が『なるほど』なの?」
「ああ、ごめんごめん。……鈴仙、ワンビアの加速感見ててどう思う?」
「え?うーん……正直、鳴り物入りなツインチャージャーの割には大人しいって印象かな。スムーズな加速感だけど、『ブーストがかかったな』ってわかるほどじゃないよね……250馬力で峠なら、割とパワー出てると思うんだけど。むしろ、直6の3L・NAあたりに載せ替えたのかなって思うくらい。過給器付きっぽくないっていうか」
私が言うと、妖夢はこくりと頷く。
「そうだよね。多分それ、小径タービン……あと、低回転にスーチャー、高回転にターボを充てた仕様がミソなんじゃないかなって私は思ってるんだ。──鈴仙、ここからヘアピンだよ。よく見てて」
妖夢はそう言いながら、右の直角コーナーのインをデッドに攻めていく。
最小限のブレーキングでマシンの向きを変え、短い立ち上がりでもアクセルを無駄なく開けていく。
コーナー立ち上がり──大妖精のワンビアが最初のヘアピンに入るのが見える。
サイドブレーキを使ったターン──ジムカーナのお手本のような動きでヘアピンを回ったワンビアが、高さを隔ててAW11とすれ違う。
「こっちはフットブレーキだけで攻めていこうかな。サイド使ってもいいけど、自分追いこんでナンボだよね、走りはさ」
そう言いながら、妖夢は勢いよくブレーキング──車重も相まって、妖夢のAW11は荷重変化がシビアだ。
荷重移動を感じ取りやすい反面、限界を越えたときは一瞬で吹っ飛んでしまう。
それはさながら、薄い和紙で刀身を挟み、手を滑らせることによく似ている。
妖夢の腕は信頼してるけど──それでもこのAW11は怖い。
研ぎ澄まされた日本刀でジャグリングをするようなものだ。
私の心境を知る由もなく、妖夢は涼しい表情のまま、素早いヒール・アンド・トゥでギアをセカンドへ。
アクセルを戻しきることなく、ヘアピンをクリアしていく。
「……あれ?距離が縮まってる?」
最初のヘアピン区間を越え、右コーナーを抜けて短い直線へ。
聞こえる音からして、大妖精は踏める限りアクセルを全開に──対し妖夢は「ヘアピンを最大限のスピードでクリアしながら」ストレートではアクセルをパーシャルに保っていた。
真剣勝負を好む妖夢のことだ、手抜きではないのだろう。
しかし、距離が縮まっているのはなぜ?
その後の二連ヘアピンを越えた後、長めのストレートで妖夢が口を開く。
「うん、縮まってるね。これはツインチャージャーだから……なんだけど、説明した方がいいよね?」
「うん……お願い。ターボとスーチャー両方なんて、初めて聞いたし。妖夢、ストレートではあえてアクセル全開にしてなかったよね」
妖夢は細かく修正舵をあてながら、説明を始める。
……どうやら第二博麗坂の新しい舗装でも、すこし「攻めすぎた」セッティングだったらしい。
「うん。まだこの足回りでのバトルが初めてなのもあるけど……大妖精のマシンを確認するためかな。あのワンビアって、低回転でスーチャーが効き始めて、中回転でスーチャーとターボ。高回転域でターボってセッティングだったよね?」
「低回転域でレスポンスの良いスーチャー、そしてピークパワーのターボ……理にかなったセッティングだって私は思ったかな。小径タービン二基でピックアップ良さそうだし」
「そこなんだよ、鈴仙。小径タービンってところが大事なんだ。スーチャーが低回転に強く、ターボが高回転に強いっていうのは半分だけ正しいの。……スーチャーってよく低回転のツキがいいっていうけど、それはあくまでエンジンの回転数とリニアって意味なんだよね。逆にいえば、エンジンが低回転ならタービンも低回転──パワーはそうでもないんだ。回転数の伸びに合わせてパワーが上がる代わりに、低回転からパワーは引き出せない。NAエンジンの出力特性に似てるかな。逆にターボなら、エンジンが低回転でもタービンさえ回ればパワーを絞り出せる──ターボはエンジンの動きじゃなくて、排ガスに連動する仕組みだからね。ラグはあるけど、タービンさえ回せればエンジンにたくさん空気を押しこめる──つまり、エンジンが回ってなくてもパワーを出せる」
「うーん?それと小径タービンがどう関係するのよ」
私たちが話しているうちに、再び二台はヘアピン区間に突入する。
……ここがあの漫画で「インベタのさらにイン」をキメてたところか。
第二博麗坂は上りだから、あのショートカットは使えない。
私はエボⅣ乗りだけど、正直あの漫画のエボⅣ乗りは苦手だ。
私は白いFC乗りの人のほうがいい。
バトルの申し込みの手紙に花束を添えるなんて、ロマンチックで素敵だと思う。
……プロデューサー巻きはいただけないけど。
私がアホなことを考えている間に、妖夢がワンビアの後ろ50センチの距離に迫り──またゆらりと距離を空ける。
さながら約束組手のように──煽るわけではなく、「その太刀筋ならお前は死んでいた」と弟子に間合いを教える師のように。
「小径タービンがミソなのはね」
ワンビアと数メートル離れて妖夢が口を開く。
幾分ほっとしたように見えるのは、張り詰めなくても事故らない腕を大妖精に認めたからだろう。
プレッシャーに崩れることなく、大妖精は第二博麗坂を駆け上がっていく。
「小径なら、ターボラグがあまり問題にならないからなんだ。むしろ、低回転域でより大きなパワーを引き出せる分、スーチャーより恩恵があると思う。スーチャーは低回転域のレスポンスはいいけど、パワーを絞り出すなら高回転域なんだよね」
「エンジンの高回転に合わせて、スーチャーも高回転になるから……だね。あれ?それなら低回転域でターボ、高回転域でスーチャーにした方がいいんじゃない?」
私が言うと、妖夢は頷く。
「ツインチャージャーは実例が少ないからなんともだけど……小径タービン二基の組み合わせでパワーとスピードを求めたら、私もそうなると思う。それをあえて逆にしてるのは多分、扱いやすさ重視だね。市販車と同じパターンだし。この間発表されたフォルクスワーゲン・ゴルフGTと同じだね」
フォルクスワーゲン・ゴルフGT……たしか数年前*1に発表されたハッチバックだ。
1.4Lで2.3L並みのパワーと1.6L並みの燃費──紅魔館図書館の雑誌の見出しで名前は聞いていたが、あれはツインチャージャーだったのか。
「多分、ステップアップして最高速方面に行くなら、タービンを大きくしてターボとスーパーチャージャーの作動域を入れ替えるつもりなんじゃないかな。でも、バランスのいいマシンだよ……弱点はあるけどね」
弱点?──私が妖夢に聞き返そうとしたところで、妖夢が口に人差し指を当てる。
「鈴仙、質問はここまで。……大妖精、なかなか策士だよ。多分弱点を理解したうえで、前半はペースを掴むことに集中してたんだと思う。走りの気配が──」
言いながら、妖夢はヘアピンの立ち上がりでギアを「ロー」に入れる。
「──変わった」
妖夢がローギアから加速する直前──半テンポ早く、大妖精のワンビアが鋭い加速をみせる。
──さっきまではほとんど低中回転だけで走っていたのか。
AW11の内張りレスの影響で、ワンビアのエキゾーストに気づかなかった──そして、スーチャーとターボ両方の音の迫力に惑わされていたが──ワンビアで「両方のタービンが回るのは中回転域」だ──
対し妖夢もここにきてローギア──セカンドでヘアピンを回っていたのは、大妖精と同じく高回転域の手の内を見せないため。
これがスーチャー使いの駆け引き──どこで高回転のスプリントをかけるのか。
それはこの第二博麗坂とて例外ではないらしい。
でも、この超低速ヒルクライムの決め手はどこに?
そして、妖夢のいうワンビアの「弱点」って?
疑問はゴールの博麗神社までお預け──一挙手一投足を見逃すまいと、私はワンビアのテールランプをぐっと睨むのだった。